2009年07月23日

大根仁監督が『歌舞伎町のこころちゃん』(写真:権徹)を映画化したいらしい

ほぼ毎日チェックしているブログに”大根仁のページ”がある。

僕が企画していた映画の第1候補の監督だった(OKを出していたら、ある日突然別の監督になったが)から、もう3年余り大根氏のブログを読んできた。

そんなある日、今朝はじめて読んだのだが、下記のような記事がアップされていた。

映画企画

090723.jpg

これを映画化したいとの記事で、すでにある程度準備をすすめているがまだ何も決まっておらず、「映画関係者の方で興味がある方がいらっしゃいましたらメールをください」との内容で、大根氏の実験的試みだとも書いてあった。

写真集『歌舞伎町のこころちゃん』(写真:権徹)のことは知っていた。

そして、この写真を見たときに、瞬時に写真集『筑豊のこどもたち』(写真:土門拳)のことを思い出した。

090723a.jpg

後に一度調べたことがあるが、1960年の2月に写真集『筑豊のこどもたち』が発売され、ベストセラーになると同時にその年の夏に映画が撮影され、その年の秋には全国上映されたと記憶している。

写真の女の子は妹の同級生だった。


ところで、大根氏のブログを読んでどうするかが問題なのであった。

後輩のプロデューサーたちの何人かにはメールでこの記事のことを知らせたが、これといった反応が感じられない。

で、一応、今日のところは宣伝もかねて、自分のブログに書くだけにしてみた。


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2009年07月02日

映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』大ヒットした裏の”怪”

もう寝ようかと思ったが、備忘録もかねて書いておく。

全国約120スクリーンで公開された映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』が全国120スクリーンで公開され、初日2日間で観客動員35万人突破、興行収入5億円突破の爆発的数字を記録し、1スクリーンあたりのアベレージも400万円を超える大ヒットになっている。

映画『エヴァンゲリヲン新劇場版:破』オフィシャル

だが、配給を担当しているクロックワークスのホームページを覗いたら、映画『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』の情報がまったく見当たらない。

クロックワークス

どうしたことか?

「なんかあったのかな?」なんてすぐ考えてしまう。

明日、知り合いに電話で聞いたりしてみよう。

普通、有り得ない。




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2009年06月30日

日本はブレークスルーからマッドスルーの時代へ移行する

ときどきチェックするブログがある。

有名なのだが、僕の周囲の者(若者も含めて)はほとんど知らない。

分裂勘違い君劇場

一回の記事が長いし、ときどきしか更新されないし、ときどき独りよがりの記事もあり、文体も好きではないのだけど、きわめて説得力のある記事には何度も感心させられたことがある。

そんじょそこらの新聞や雑誌の記事では太刀打ちできないジャーナリズム性があり、日本のネット文化を代表するブログではないかと思っている。

その”分裂勘違い君劇場”に下記の記事があった。

ネットの炎上は人類進化の必然で、健やかなる新時代を拓く鍵かもしれない

よく理解できたし、ほとんど全面的に賛同できた。

この記事でメインに扱われている梅田望夫氏(『ウェブ進化論』の著者)のブログや著書に大きな影響を受けたが、また梅田氏によって”ブレークスルー”ならぬ”マッドスルー”なる言葉も知ったが、未来が”ブレークスルー”から”マッドスルー”の時代に移行しているのだなとあらためて思った。

”ネットの炎上”はブレークスルーでは抜けられない。

マッドスルーの世界である。

その意味で、”ネットの炎上は人類進化の必然で、健やかなる新時代を拓く鍵かもしれない”に賛同できた。

そして考えた。

若い首長たちの誕生、来るべき総選挙、政権交代、自由を失った経済、北朝鮮問題、驚くべき労働と賃金の実態、少子化と高齢社会、閉塞感を打破しようとする暴力的エネルギーの発露、コモディティ化したから発揮されるブログの力、偉そうなだけのエスタブリッシュメントの崩壊、かつてない混乱が到来するだろうと。

”へ”みたいな指導者(何が指導者だ!)、ひそかに小金をもらいながらのポジショントークで世渡りする弁舌の徒、税金で食っているすべての公務員、全国津々浦々から金を巻き上げる手先経済などをターゲットに、これまでに有り得なかったような戦闘が始まるのは避けられないのではないだろうか。

まあ、いずれにしても大変な時代になると考えたほうがいい。

でも、これから経験したことがないようなマッドスルーが楽しめると考えれば、これはこれで面白いのではなかろうか。


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2009年06月27日

お色気番組『今夜もハッスル』打ち切りで、サンテレビの対応

サンテレビがポルノまがいのお色気番組『今夜もハッスル』を今夜で打ち切りにするらしく、ネット上で妙に話題になっているようだ。

僕も読売新聞の記事を見てすぐにこのブログに書いた(ポルノまがいのお色気番組『今夜もハッスル』打ち切り)が、もしかしたらサンテレビは最後の悪あがきで、今夜の『今夜もハッスル』の番宣を仕掛けたのではないかと思うほどだ。

まあ違うだろうが、

気に入らないのは、何か不祥事があると政治家は秘書が秘書がというが、テレビ局はたいてい下請け会社のせいにする。

スポーツ報知にこんな記事があった。

一部引用
サンテレビが深夜番組「今夜もハッスル」放送打ち切り

サンテレビは「社内検証の結果、内容の変更では済まないと判断した。外部の会社が制作し、コントロールが利いていなかった反省点がある」としている。


見識も方針もないテレビ局はまだ今夜の番組表をWEBサイトに掲載しているが、すでに『今夜もハッスル』の番組サイトは閉鎖されている。

で、暇だったので、サンテレビが言うコントロールがきかない外部の制作会社を調べてみた。

ウィキペディアにあった。

今夜もハッスル

そこから一部を切り取ってみた。
090627w.gif

で、”企画:ダイフク企画”と”制作:コールツプロダクション”のサイトを見てみた。

コールツプロダクションには協力番組として『今夜はハッスル』があった。
090627.jpg

ダイフク企画では『今夜もハッスル』の文字を見つけることはできなかった。
09627d.jpg

『今夜もハッスル』はこんな番組らしい。



あと1時間あまりで最後の放送となる番組は始まると思うが、どんな視聴率が出るのか出ないのか(キー局以外のテレビ局の視聴率がどうなっているのか知らない)わからないにしても、今後のなりゆきがほんの少し気にかかる。

ちなみに、今夜の番組を見るつもりは一切ない。

サンテレビの応対が情けないとの思いでの記事でした。


最後に、先の記事で『今夜はハッスル』と書いていたようで申し訳ない。

あとで直しておきます。

ご勘弁を。


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ポルノまがいのお色気番組『今夜もハッスル』打ち切り

読売新聞のニュースにこんな記事があった。

例のように新聞記事はすぐにリンク切れになるから全文を掲載。
お色気番組「放送倫理機構が議論」で終了
放送界の第三者機関「放送倫理・番組向上機構」(BPO)の青少年委員会が、UHF局のサンテレビ(本社・神戸市)の番組「今夜もハッスル」についての質問書送付を通告したところ、サンテレビはきょう27日の放送を最後に番組を打ち切ることを決めた。


 問題になったのは、AV女優による官能小説朗読や、アダルトゲーム紹介などで構成される深夜の“お色気番組”。昨年4月にスタートし、チバテレビやテレビ神奈川なども含め計5局で放送されている。

 BPOによると、苦情件数が多かったため、23日の青少年委員会で議論。委員からは「ポルノまがい。局の見識を疑う」など厳しい意見が出た。そこで、番組趣旨などを問う質問書を送付することを決め、サンテレビに伝えたところ、同局はあっさり放送終了を決めた。BPOが「青少年に悪影響がある」などの見解を出した後に番組が終了したことはあったが、議論しただけでの打ち切りは異例。

 サンテレビは「苦情が増えていたことや、BPOで議論されたことを受け、改めて検討した結果、放送基準を逸脱していると判断した」としている。

(2009年6月27日16時11分 読売新聞)


見たことないけど、こんな番組みたいです。



番組を打ち切るのはかまわないけど、公共の電波を使いながら何の方針もなく、まるでポルノ業者のようなテレビ局の対応にあきれる。

posted by 映画プロデューサー at 17:43| Comment(1) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月15日

ダッチロール状態に陥ったか?

麻生総理の盟友とも言うべき鳩山総務大臣が更迭され、厚生省の現役女性局長が逮捕され、千葉市長選挙では31歳の熊谷候補が締め切りと同時に当選(当確ではなかった?)したとテレビのニュースが報じたが、このところの動きを見ているといよいよ政権交代が近いと感じざるを得ない。

一つ一つはさほど大きいことには見えないが、小沢元民主党代表秘書逮捕からの一連の出来事と見ると、政権交代が現実味を帯びてくるなかでの、断末魔の様相を呈しているのではないかと思われる。

よくわからないことが続く。

なぜ、西川氏ではなく鳩山総務大臣を切ったのか?

村木局長は偽の障害者団体証明書を発行してどんなメリットがあったのか?

どうして、千葉市長選挙はあんなに大差がついたのか?

東京都議選挙から総選挙まで、何が飛び出してきてもおかしくないような状況になっている。

あるいは総選挙が終わっても。

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2009年06月13日

エイベックスとドコモの「BeeTV」が絶好調とは本当だろうか?


J−CASTニュースにこんな記事があった。

ケータイ専用「BeeTV」絶好調  テレビ業界に衝撃走る

ニュースというより噂か。

記事に中にこんなくだりがある。
エイベックスによると、配信している番組の総ダウンロード数は1000万件を突破した。「会員数については現在集計中でお話できません」(BeeTV広報)としているが、2009年5月1日のスタートから、月末には30万人を突破したとされる。


どうにも信じられないというか、ポジショントーク以上のがせねたではないかと思えるのだが、どうだろうか?

僕も「BeeTV」には大いに注目していて、5月中の無料期間中に1週間ほど会員登録をしたことがあり、いくつかの番組をダウンロードした一人だが、安っぽいテレビ番組の二番煎じみたいな番組のオンパレードで、無料期間中に会員登録を解約したことだし、とても絶好調とは思えないのである。

以前に、「BeeTV」について下記のような記事を書いている。

2009年05月12日
エイベックスとドコモの携帯電話専用テレビ局「BeeTV」がひどいらしい


2009年05月13日
携帯専用テレビ局「BeeTV」に関する江口靖二氏の記事


2009年06月05日
岸博幸氏によると、黒船「BeeTV 」は会員数33万人を突破したらしいが


2009年06月08日
大学准教授兼エイベックス取締役のポジショントーク?


で、このJ−CASTニュースの記事である。

僕の周囲で(若い人も含めて)、僕以外に「BeeTV」の会員に一時的にもなった人がいないし、リアル社会では話題も聞かないし、セカンドライフのときと同じような気配を感じるのは僕だけだろうか。





posted by 映画プロデューサー at 20:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

大学准教授兼エイベックス取締役のポジショントーク?

批判したりするつもりはないと断って書く。

ただ、よくよく用心しなければならないと思っただけだ。

数日前に岸博幸氏の発言”GM破綻はマスメディアにとって「他山の石」”(ダイヤモンドオンライン6月5日)を取り上げ、下記の記事に書いたばかりである。

岸博幸氏によると、黒船「BeeTV 」は会員数33万人を突破したらしいが

「BeeTV」はエイベックスとドコモが合弁会社を設立して今年5月1日にスタートさせたケータイ専用テレビだが、どこをどう調べてみても(調査力は皆無だが)、岸氏が言うように”黒船「BeeTV 」は会員数33万人を突破”という資料を見つけることができなかった。

今日は、ITPLUSの記事を取り上げたが、どうもふに落ちないところがあるからである。

「アニメの殿堂」ほど正しい予算の使い方はない

「アニメの殿堂」の正式名称は「国立メディア芸術総合センター」といい、世界が評価するアニメ、マンガ、ゲームなど日本のポップカルチャーの展示施設を新たに整備しようというものである。この予算を民主党は「国営マンガ喫茶」「アニメの殿堂」と喩耶して、今回の補正予算の無駄・バラマキの象徴として政府への批判を強めている。ワイドショーを中心に、メディアもそれを面白おかしく取り上げている。


民主党批判の記事かと思うと、

しかし、民主党以上に問題なのは自民党である。何故、上記のような事実を淡々と説明して堂々と必要性を主張しないのだろうか。かつ、どうやら建設後の運営については独立採算が基本で国費を投入しないらしいが、大事な文化の維持のためにそれで本当によいのだろうか。もし民主党に攻撃されたくらいで独立採算の方向になったのだとしたら、これほど嘆かわしいことはない。政策についての信念がない証左である。


と自民党を批判し、最後には財務省に同情したりする記事で締めくくっている。

しかし、今回の「アニメの殿堂」騒ぎを見て、改めて財務省が可哀想になってしまった。財務省は補正予算の総額を大きくしろという政治の要請と、知恵のない各省庁からの陳腐な予算要求の狭間で、短い時間の間にかなり不本意な予算査定を強いられたはずである。それだけでも気の毒だが、それに加え、補正予算批判の筆頭で正しい予算があげつらわれるのだから、踏んだり蹴ったりだろう。日本を悪くしているのは官僚だけではない。政治の貧困がそれを加速しているのである。


岸氏は国のコンテンツ振興などにおける施策やそれに関する考え方などで、流通よりコンテンツの作り手のほうに肩入れをする意見が多く信頼していたが、先日の記事と今日の記事にはどうもふに落ちないところがありすぎる。

「なぜかなあ?」と思って、改めてITPLUSの筆者紹介を読んでみた。

岸 博幸(きし ひろゆき)

慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授、エイベックス取締役
略歴
 1962年、東京都生まれ。一橋大学経済卒、コロンビア大学ビジネススクール卒
業(MBA)。86年、通商産業省(現・経済産業省)入省。朝鮮半島エネルギー開発機構(KEDO)、資源エネルギー庁、内閣官房IT担当室などを経て、当時の竹中平蔵大臣の秘書官に就任。同大臣の側近として、不良債権処理、郵政民営化など構造改革の立案・実行に携わる。98〜00年に坂本龍一氏らとともに設立したメディアアーティスト協会(MAA)の事務局長を兼職するなど、ボランティアで音楽、アニメ等のコンテンツビジネスのプロデュースに関与。2004年から慶応大学助教授を兼任。06年、小泉内閣の終焉とともに経産省を退職し、慶応大学助教授(デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構)に就任。07年から現職。


岸氏はエイベックス取締役だったのだ。

これで、「BeeTV」の件はよくわかった。

で、”「アニメの殿堂」ほど正しい予算の使い方はない”は、慶応大学デジタルメディア・コンテンツ統合研究機構准教授としてのポジショントークなのだろうか?

よくわからない。

批判するつもりはまったくないが、公的な様子を装い、巧みな(そう巧みでもないか)誘導が見て取れた。

財務省に対する配慮を忘れずに。


こう書いてきて、自分は「アニメの殿堂」についてどう思うのかを書いておかなくてはならないと思った。

コンテンツ産業を21世紀の日本のリーディング産業と位置づけるなら、「日本はすごいなあ」と若者たちをうならせるような莫大な予算をつけるプロジェクトをまず組むべきであり、選挙目当てのような、首相の趣味のような、しょうもないマスコミに揶揄されるような、ちんけなものに予算を使うべきではないと思う。

それが世界に誇るべきものなら、それにふさわしい、世界中がたまげるようなハコモノを作ったらいいと思う。


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2009年06月03日

エイベックスとドコモのケータイテレビ「BeeTV」

5月からエイベックスとドコモがケータイ専用テレビ「BeeTV」を開始したが、5月いっぱいは1週間の無料お試し期間があったので、登録して試してみた。

まあいくつか番組を見たが、全体にテレビ的でうるさく、とても電車の中やホームで視聴する気にはならなかった。

電車の中で、ワンセグのニュースやサッカーの試合を見ることにさほど抵抗がないのに、である。

隠れて見るにはちょうどいい大きさのケータイだといっても、おそらく勤め先でお笑い番組やドラマを見ることはできないと思う。

いったい、誰が、どこで、どんな状況で見るのだろう。

一度、喫茶店で人と待ち合わせている間に見たが、このとき、テレビ的でうるさいと思った。

以前、わが娘(auを利用)に「”BeeTV”の無料お試し登録をしてみたよ」といったら、「興味ないもん」とけんもほろろの応対をされたことがあり、関係者に近い筋から「相当ひどいらしいですよ」といううわさを聞きブログに書いたことがある。

エイベックスとドコモの携帯電話専用テレビ局「BeeTV」がひどいらしい

こんな記事も書いていた。

携帯専用テレビ局「BeeTV」に関する江口靖二氏の記事

そして今日、日経トレンディネットでこんな記事を見つけた。

エイベックスのケータイ向け動画配信サービスの勝算は?

提供開始から約1ヵ月後の記事だから、ある程度の結果が書いてあるのかと思って期待したが特別目新しいものはなかったが、エイベックス社長のインタビュー記事とあわせて読むと、「BeeTV」のことがよくわかると思ったので掲載した。

エイベックス社長インタビュー記事は、

エイベックス携帯に映像配信、松浦社長「出演者に印税の恩恵」

僕は映画とテレビが根本的に異なるように、テレビとケータイもまったく異なるメディアだと思っている。

映画もテレビもDVDもケータイも同じ動画コンテンツを扱っているが、メディアとして考えるとまったくビジネスモデルが異なっているのだから。

僕は寝床の中にはいってからケータイでブログを書いたりする。

寝がけに思いついたことがあったり、調べたいことがあったりしたら、ケータイでネットに接続して調べることもある。

ここでまた寝床を出て、部屋の電気をつけ、パソコンを起動したりしたくないから、ケータイをとても重宝している。

だから、寝床の中で、眠りにつく前に、電気スタンドで本を読むみたいに楽しめる動画があったらいいなと思っている。

安らかに眠りにつけるような。

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2009年05月06日

かわいい神様と悪魔が世界を変える?

日本は世界に冠たるコンテンツ大国になれるかもしれないと思った。

宗教の名には値しない神様を信じているから。

内包している?

自然崇拝。

動植物にまで神様が宿っていると考えている。

アニミズムとシャーマンの世界。

無宗教なんていいながら、仏教・儒教・道教・神道はおろかキリスト教まで取り込み、もはや楽しんでいるとしか言いようがない。

日本人はかわいい神様をつくり続けているのではないかと思った。

同時並行でかわいい悪魔も。

そして、神様や悪魔たちの家族・友人・先輩後輩・恋人たちなどおびただしい仲間たちを次々と作り出しているのではないか。

なんとなくそれは作り出されているのではないと思う。

アトムも、ドラえもんも、アンパンマンも、ポケモンのピカチューも、とても神様に似ている。

まったくアニミズムの世界だ。

ガイアの世界にも通じる。

地球環境問題を考えるとき、人間だけでなくすべての生き物たちに目を向ける必要がある。

日本のかわいいキャラクターたちは、”宗教の名には値しない”自然崇拝への天使(導火線)の役割を担っているのではないかと思った。

魚(獲物)をおびき寄せる”撒き餌”と表現することも出来る。

一網打尽にするための。

ニコニコ動画を見ているとき、せつな的で、すさんだような気分になることもあるが、凄まじいエネルギーを感じるときもある。

そういう意味で、ネットが果たす役割は想像以上かもしれない。

グーグル程度ではなく、1000年単位の大変革の予兆を日本の”かわいい”に感じている。

まあ、そう信じたほうが面白いからともいえるが、そこに加担しなければうまみはない。

まだ”そこ”はないと思うが。


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2009年04月28日

”量が質を生む”にあえて反旗を翻そう

量産したくても出来なかった映画プロデューサーの繰言として聞いてもらっていい。

一昔前、WOWOWを背景に若いSプロデューサーが”量が質を生む”といい放ちながら精力的に廉価な映画をつくり続けていたことがあり、その後CXのKプロデューサーもそれ以上の掛け声でテレビ局主導の映画を今もつくり続けている。

”量が質を生む”というのはわかりきった理屈なのだが、素直にうなずくことが出来なかった。

で、かれこれ20年ほどたとうとしているが、両プロデューサーが言っていたように質は生まれたのだろうか?

最近では、鎌倉にあるWEB関係では有名なK社Y社長が”量が質を生む”といっているのが目立っている。

ヤフーで”量が質を生む”を検索すると、K社のページが最上位に出てくる。

1本もごみに出来ない映画と、思い付きをちょこちょこっとつくってしまえるWEBコンテンツとは比べ物にならないが、両方に共通するイヤものを感じる。

リスペクトがない。

量として測られる作品やそれに関わる人は、実験材料に使われるマウスのような扱いを受けていると思わざるを得ない。

結果的に量があるのであって、最初から死屍累々の屍を想定したような内輪話を、研究室の助手が言うような程度の言葉で語られるのがイヤなのである。

”量が質を生む”という言葉はその程度の言葉であるから、反旗を翻すほどのことはないのだろうが、あえて反旗を翻してもいいかなと思ってこの記事を書いているのは、この言葉に誰も反論せず、異を唱えていないからである。

”質が質を生む”と思っているし。

立場が違うのはわかっているが、あえて反旗を翻す必要があるのではないかと、勇気を振り絞ってこの記事を書いている次第。

少なくとも、映画に限って言えば”量は質を生まない”と信じている。

世界的に見てみると、もう十分、映画は量産されてきた。

その意味では、確かに質を生んだ。

ドッグイアーのWEBの世界も、そろそろ数打ちゃあたるから質を極める時代に差し掛かっているのではないか。

我がこととして思った次第。

”質が量を生む”ようにしなくては。

朝から晩まで薄給で働く論理には組したくないから。

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2009年04月22日

映像コンテンツのヒエラルキー(5)

最近、後輩のIプロデューサに会うたびに、映像コンテンツのビジネスモデルが崩壊したから(すごい勢いで崩壊しつつあるから)、経営する会社の経営理念を突き詰めて考えて、新たな地平に向かって方向転換をしろといい続けている。

嫌われることは承知の上の言動である。

一杯ご馳走になりながら、お愛想の1つも言わなければならないのに、嫌ごとばかり言い続けるのは結構つらい。

だが、どんなに嫌われても言わなければならないときがある。

今がそうだと思っている。

井戸に落ちそうになっている子供を見たとき、例え子供が嫌がっても抱き上げても救い上げねばならないと思うが、まさにそんな心境だから嫌ごとを言い続ける。

嫌ごとや、批判や、誹謗中傷にさえ耐え、自分を通していく理念をしっかりと持たないといけない。

若いからこそ、元気があるからこそ、まだ未来に希望をもてるからこそ、大きな変化を自ら取り入れることが出来る。

親子ほどの年の差がある親のほうが、子に”大きく変化しろ”ということ自体が末期的である。

でも現実はそうだ。

みんな、ニコニコ笑いながら、上手に生き延びようとしている。

ポジションがないのに、あたかもポジションが保証されている立場のものと同じ地平に立ったつもりで、リーダー格がいろいろ発言している。

滑稽を通り超えて、悲惨だというのに、現実認識がない。

拳銃を前にして、拳銃の威力を知らない、大きな清流刀を持った勇者のような光景だ。

ネット上の知者たちの間では日常茶飯事のことでも、現実社会には下りていないことが多い。

今も、日々格差は広がりつつある。

そのおかげで仕事がないのだから、一日でも早く大きく舵を切って新たなる航海に旅立って欲しいのだが、その仕組みを伝えるだけで大きなストレスがある。

10年ほど前、インターネットを利用してやれることごとをいろいろ試して田舎の人に見せたことがあるが、まったく理解されず、無給のパソコンやソフトの営業マンをやったことがあるが、それと同じような轍は踏みたくはない。

だが、そのとき感じたものと同じようなものを、映像コンテンツ業界の最先端にいる者たちに対して感じる。

これはよくない。

かつては最先端のメディアであった映画やテレビが、今やネットメディア取って代わられたという認識を後輩たちが根本的に持っていないとしたら、最悪の事態だと思うから嫌ごとを言い続けているのだと思う。

事態は深刻だ。

一刻争うことだと思う。

だが、みんな様子見をしている。

格好が悪い。

目先のことに追われて、その認識がない。



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2009年04月15日

映像コンテンツ業界のヒエラルキー(4)

ずいぶん昔、ある若者がオートレーサーになるまでのビデオ・ドラマを製作したことがある。

まあ有名なクライアントがいて、大手広告代理店Dが大手映画会社Tの事業部に発注し、その下請けを依頼された製作プロの仕事を孫請け(ひ孫請けか?)したのだった。

強がりではなく、そのときはこちらのメインの仕事をスムースに運ぶために、やってあげたほうがよかったからだった。

申し入れをすると、意外にも下請けの製作プロは喜んでくれて、製作のすべてをまかされた。

1時間もので、うちの会社に支払われる製作費は1000万円で、トータル800万円で製作して納品したと記憶している。

映画製作と比べるとすごい楽な仕事だった。

撮影中に現場にやってきた下請け製作プロの社長は、たまたま多少大掛かりな(映画ではへでもないのだが)撮影をやっていたときで、僕の耳元に口を寄せて「こんな撮影やって大丈夫なの?」と言った。

若い僕は、その社長が言っている意味がよくわからずに、「まあ、何とかなるでしょう」といい加減意に答えた。

クライアントの評判も悪くはなく、楽にランニングコストを稼ぐことができたし、利益まで出たのだから万々歳の仕事だった。

後で、大手映画会社T事業部のYさんにその話をしたら、「フン、フン」と鼻で笑われた。

Yさんは明確には言わないが、大手映画会社T事業部から関連会社のS社を通して下請け製作プロに行った仕事だったようだ。

僕らはひ孫請けよりもう一段階下の仕事をして、散々マージンを引かれた仕事をさせられて、「楽で美味しい仕事だった」と喜んでいたのだった。

まあ、情けないと言えば情けないし、無邪気と言えば無邪気、よい時代だったと言えばそうだしである。

最近聞いた話だが、大手広告代理店→大手製作会社→関連会社の製作プロ→孫請け製作プロというヒエラルキーがまったく崩れていて、大手広告代理店→関連製作会社とかクライアント→孫請け製作プロなど、これまでなかった力関係の世界になっているらしい。

だが、下克上の世界ではないらしい。

余力がある豊かで大きいものが、余力がない雑多な弱小を淘汰するために、生き残りをかけて消耗戦に持ち込んでいるという話らしい。

テレビキー局の製作部が、自社と関係がないケータイ動画配信会社のコンテンツ製作を直に受ける話とかも聞く。

また、小さな弱小製作プロが直にナショナルクライアントに掛け合って枠を確保しようとする動きも目立つが、テレビ局の営業をロハで助けているとしか見えず、映像コンテンツ業界のヒエラルキーの中抜きがはじまっているのかもしれないと思う今日この頃であった。


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2009年04月13日

映像コンテンツ業界のヒエラルキー(3)

テレビは映画に比べれば新しいメディアである。

かつては映画界に入れなかったからテレビ局に入ったという人が少なくなかった。

映画界からも多くの人材がテレビに流れていっているが、その多くは映画界で地歩を築けないままやむなくといった人が多かった。

何を言いたいかというと、映画と比べて新参者のテレビが”電気紙芝居”などと不当に貶められていたことがあり、それはテレビの登場によって映画界が壊滅的な打撃を受けた後もかなり長い間続き、その劣等感のような感情が多くのテレビマンに見受けられた。

その後、テレビそのものの社会に対する影響力が増大し、テレビ局員が他の一流企業以上の高給取りになっていくに従って単なる昔話になった感があるが、今のテレビ局の映画製作にかかわり方を見ていると”当時の劣等感がトラウマとなって残っている”のではないかと思うときがある。

映画に対するオマージュがなくて、テレビを作るように映画を作っている。

映画にかかわりがなかったテレビマンを起用し、あるいは映画に関わってきた者を従え、彼らを使いこなす態度に、内側から映画そのものを食い破るようなエネルギーを感じるときがあった。

そして今、そのテレビを食い破るような勢力が現われ始めている。

ネットやケータイの進化によって、雨後の竹の子のように増殖するマイナーメディアが巨大な象と化したテレビにとりつき、耳や鼻や尻の穴という穴からその体内にもぐりこんでいるような気がする。

おごれる者久しからずだが、マイナーメディアのリーダーたちは「動いていればよい」という考えで映像コンテンツに関わってきている。

懐かしい”電気紙芝居”ですらない世界だ。





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映像コンテンツ業界のヒエラルキー(その2)

映像コンテンツは、映画、テレビ、ビデオ・DVD、BS、CS、ネット、ケータイなどのいわゆる各ウィンドウで一般に供されると思うが、映画の立場からすれば、あれこれ考えずとりあえず映画を作っておけばよかった。

だが、テレビ局が絡んだ映画を作るときは、テレビで放映するときのことを考えて作らざるを得なかった。

暗に要求されるし、要求されなくても自主的に当然のこととして捉え、画面のサイズや照明などに注意を払った。

それで映画のクォリティがあがるのならいいが、ほとんどの場合映画の特性がそがれた。

映画の場合はまず映画館にお客さんをどれだけ動員したかという興行収入の高が問題だが、テレビの場合は視聴率であり、DVDの場合はセルやレンタルでの売り上げが成功不成功を決める。

最近では、映画興行をを宣伝として捉えたDVD販売戦略が普通であり、DVD販売会社が製作に絡んでいるときは当然DVDが売れるように作らなければならない。

話題性のあるキャスティング、スタッフィングはもちろん要求されるが、何よりもDVD店舗の棚に区分けされているジャンルにはまる作品であることを求められる。

いや、ジャンルに分類されない企画は、作る前にまず没であるといってもよいかもしれない。

言いたいことは、映画とテレビとDVDはまったく異なる映像コンテンツなのに、他の放送・通信およびネット・ケータイまで加わって、それぞれのウィンドウが持っている特性を壊しているのではないかということである。

その伝で言うと、日本映画は限りなく映画でなくなっていると思う。

ハリウッドが3D映画に向かっているらしいが、いいか悪いかはわからないが、しゃにむに映画であろうとしているのではないか?

あがいているのでなければいいがと思いながら。




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2009年04月11日

映像コンテンツ業界のヒエラルキー(その1)

下記の図は自分で作ったが、いい悪いではなく、映画プロデューサーとしての立場から見た映像コンテンツのヒエラルキーである。

hierarchie-01.gif

各立場から見たらまた違う図があると思うが、正直言って長年この図で世界を見てきた。

頂点にいることに胡坐をかいてきたかもしれないと思う。

小さな世界だ。

これから数度にわたって、各立場からこの世界を見てみようと思っている。

また、この図をホームページビルダー付属のウエブアートディレクターを使って作る気になったのは、”日本映画の監督たち(仮題)”という企画を思いついたからであり、そのこともあわせてこのブログに書いていくつもりだ。

”日本映画の監督たち(仮題)”の企画はさっき思いついたばかりだが、僕が考えているイメージのものはネット上で調べた限りでは存在せず、案外とやりがいのある仕事になるかもしれない。

思いついたことは、ネットでもリアルでもすぐに実行に移すつもりである。

まあ、今夜はこんなところで・・・。





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2009年04月10日

魂をデジタル化するビジネス

前の記事の続きのような。


今日、二人の女性と長電話をした。

その内容を簡単に言うと、「各人の魂(たましい)をデジタル化して末代まで残すビジネスを考えているけどどう思いますか?」というような話である。

一人の女性はすぐさま拒否反応があった。

「魂までデジタル化する必要なんてないのじゃないですか」

もう一人は、

「これからはそうなるのでしょうね、私にはわからない」

実は話はもう1つあって、「DNAを含む生体の一部を最新の技術で千年以上完全に保存出来るようにして、デジタル化した魂とリンクさせたビジネスなんだけど」と言ったら、先の女性は「死んだら死んだでいいじゃないですか、静に消え入るように」と、後の女性は「私はいいわ」と答えが返ってきた。

この二人の女性と話をしてはっきりわかったことは、僕の話にあまりいい印象は持たなかったが、いや「なんと馬鹿な」と呆れられたかもしれないが、どちらも”魂”の存在を認めていることだった。

ところで魂とはなんだろう?と思って、ヤフー辞書を引いてみた。

こん【魂】

1 こころ。精神。

・ 「詩は我―を動せども」〈鴎外訳・即興詩人〉

2 人の肉体に宿る精気。たましい。霊魂。特に陽のたましいをいう。「―は善所におもむけども、魄は、修羅道に残ってしばし苦しみを受くるなり」〈謡・朝長〉→魄(はく)


英語では?と思って和英辞書を引いてみたら、こんな感じだった。

こんたん【魂胆】
[例文]
・ 何か魂胆があって援助を申し出たらしい
He seems to have offered his aid 「for some hidden reason [from some ulterior motive].

・ 彼は借金を頼もうという魂胆で酒を1本ぶらさげてやって来た
He brought along a bottle of sake as part of a scheme to borrow money from me.


”魂”で和英辞書を引いたら”魂胆”として表記される。

「魂とはなんぞや?」という定義づけから、はじめてデジタル化が可能になるということか。

面白いといえば面白い。

posted by 映画プロデューサー at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年04月05日

テレビって、結局ポジショントークじゃないの

どの記事かは覚えていないのだけど、つい最近、2チャンネルのひろゆき氏が梅田望夫氏について、「梅田さんて、結局ポジショントークでしょ」と言っていた記憶がある。

ポジショントークとは、株式・為替・金利先物市場において、買い持ちや売り持ちのポジションを保有している著名な市場関係者が、自分のポジションに有利な方向に相場が動くように、市場心理を揺さぶる発言をマスメディア・媒体などを通して行うことを指す。ウィキペディア


”ポジショントーク“という言葉を知らなかったわけではないが、ひろゆき氏のような身も蓋もない言い方で、あの『ウェブ進化論』の梅田氏を評されるとまさにその通りで、そのとき目からウロコが落ちたような気がした。

梅田氏にはこれまで教えられたことが多く大いに感謝しているのであるが、正直言って最近は刺激がない。

WEB2.0もコモディティ化して、次がない。

で、言いたいことは、今のテレビがポジショントークで成り立っているのではないかということである。

コマーシャルは勿論のこと、番組の多くが、特にニュース番組がそうなっているのではないかと、さっき『サキヨミ』という番組をチラッと見て思った。

テレビにジャーナリズムがないというというような嘆きをはるかに超えて、今のテレビはポジショントークそのものではないかと思った。

ただ、梅田氏が語るWEBの未来が未知な世界であるのに比べ、テレビの未来がなんとなく見えているだけに、耐え難い嫌悪感を感じてしまうのだが、これは僕だけの感想だろうか。

そして思うのは、いつもポジショントークとは無縁なところで仕事をしているひろゆき氏の存在感である。

ひろゆき氏には、かつての文学者などが帯びていた、なにものにも属さない”無頼”が見える。

映画は”無頼”でなくてはならないと思うが、今の映画界はポジショントークの人たちが肩で風を切っている。

そして自分はというと、ポジショントークをはるかに超えて、おもねりも露な、プロダクトプレースメントの企画などを考えている。



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2009年04月03日

ワーキングプアが空き巣に入られて

知り合いの弟さんの部屋に空き巣が入ったらしい。

”知り合い“などという他人行儀な言葉はあまり使わないのだが、あえて知り合いと言っておく。

弟さんはワーキングプアというわけではないのだが、厳密に言えばそうかもしれないが、空き巣に部屋のガラスを割られて侵入され、最新鋭のノートパソコンなどを盗まれたという。

金持ちの家はセキュリティ機能が整備されていて空き巣が敬遠し、貧乏なところが狙われる傾向があるとの説もある。

本当か嘘かわからないけれど。

ずっと以前、T君が言っていた言葉が思い出された。

「金儲けのコツは貧乏人から巻き上げることだ。これはしっかり覚えておいたほうがいいよ」

知り合いは言った。

「これからは泥棒の企画ですよ。いろいろなワーキングプアが集まって痛快な泥棒をやるという物語です。どうですか?」

笑いながら聞いていたが、結構いける企画になるかもしれないなと思った。

かつてのヤクザ映画で、鶴さんや健さんが我慢に我慢を重ねて殴りこみに行って観客の喝采を得たが、僕らのような多少シニカルな観客も(もうすこし早く手を打ってあげたらよかったのになどと思いながらも)中毒性のあるドラマツルギーに引き入れられたことがある。

最近、『ドロップ』というやんちゃな(?)映画がクリーンヒットしているが、これから公開される青春暴力映画(?)『クローズZERO』の引き合いがすごいらしく、僕は観客が”暴力”という中毒を求めているのかもしれないと思った。

何かで読んだか見たか忘れたけれども、食べ物では”油”に中毒性があるとの記憶がある。

とんこつラーメンなんかはそれだけで中毒性があるが、うどんは”てんぷら”とか”かき揚げ”とか”ごぼう天”とか”油”を加えないと、どうしてもそれが食べたいという気にさせることが出来ず、”素うどん”ではラーメンに太刀打ちできないというようなことだったと思う。

豊かな飽食の時代には、おしゃれでさっぱりしたものが好まれるが、食えなくてひもじい時代には、脂っこくギトギトしたものが求められているのかもしれない。

メタボの胃袋に押されて、小さくなった脳の世界では・・・。





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2009年04月02日

最後、最後と言う奴は長生きするらしい

もう何人もの人に口頭で伝えたり、メールに書いて伝えたりしたから、秘匿事項ではないと思うのでここに紹介する。

と言ってもたいしたことではない。

”最後、最後”という人は長生きするらしいが、”赤とんぼ作戦”は僕の最後のチャレンジになると言ったり書いたりしてきた。

僕が長生きするだろうという話ではない。

まあ、僕に関心のない人にはまったく関係ないことなのだが、ここは僕のブログだから、僕が何を書こうが勘弁してもらうほかない。

重ねて言うが、長生きするかしないかの話ではない。

僕は”赤とんぼ作戦”でケータイとネットを使い倒して討ち死にしていいと思っているが、僕の周辺の人たちがケータイにもネットにも総じて疎く(失礼)、空回りしてしまうのではないかと不安なのである。

きっとそうなると思うから、”今の高校生たちなど若い世代”を相手に
切り込まないといけないのではないかと考えたりするが、もっと空回りしそうな気がしてプロジェクトの組み立てができないでいるのだ。

後輩のIプロデューサーや福岡で活躍しているライターであり演出家ののAさんなどは、面白いと関心を示してくれるのだがビジネスではないようだ。

だから、面白いけど実現へ向けて動かないかもしれない。

僕がいくら”最後”といっても、どうということはない。

本人にとってはかけがえのない”最後”なんだけど、他人からすると馬鹿にはしないまでも、誰にでもある”最後”でしかないのだから。

そう、誰にでも”最後”は来るものだから、ちっとも珍しくも特別でもないのだ。

でも、”最後”といいたくなるのは、決して弱気だからではない。

けじめをつけたいという気持ちからなのだと思う。

きっとどんな悪人でも、死ぬときには誰でもけじめをつけておきたいものだ。

勿論、僕が悪人だということでもない。

悪あがきをしているのだと思う。

プロゴルファーの青木のように「しゃーあんめぇ!」と言えばいいいのに。

こんなことを書くのは、映画が極めてビジネスライクなことごとで成立しているのに、本質的には、うじうじした内面を表現するメディアであるのだろうと思う。









posted by 映画プロデューサー at 00:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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