2010年03月07日

シナリオ『S』を頭から読み返した

暮れに企画書を書き直したとき、5年ほど前に書いたシナリオ『S』を終わりから読み返して、自分で言うのもなんだが「結構面白いな」と思ったことがある。

今日、必要があって頭から読み返した。

前半は主人公の前半生を紹介するあまり説明的になっているが、説明部分が終わると俄然自分らしいタッチになり、かなり面白い展開になっていた。

今だったらシナリオを書きなおせるかもしれない。

売れるものに。

だが、シナリオを書き直す環境が整ってない。

まずは環境づくりだ。



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2010年02月18日

継続性がある手内職のようなささやかな仕事

ブログに書けないことが多く、それは大学ノートに書いている。

最近のキーワードは”換金”で、インプットばかりでアウトプットする方法論が思いつかずいつも頭をあれこれ考えていて、その考えや悩みを大学ノートに書き付けているわけだ。

今日、アゴラでこんな記事を読んだ。

イマドキの起業のしかた - 渡部薫

さらーっと読んだだけだが、こんな感じのフットワークが好きだ。

映画をはじめ映像関係の仲間たちがこんなフットワークで、新しい映像の時代を切り開いていってもらいたいのだが、若い仲間も含めて壊れたビジネスモデルにしがみついている。

もう何年も前から新しいビジネスモデルを作ろうといっているのだが、目先のことにかまけてなかなか聞いてくれない。

だったら一人でやれというものだが、僕は多少疲れが出る年齢でもあり、若い連中に対する遠慮もあって、年甲斐もなく言っているだけになっている感がある。

いや、あまりにわかってくれなくて、意固地になり、引きこもりの状態になったりしていた。

今回紹介したような記事を読むとまた元気が出る。

明日から、もう一度モチベーションを高めて、年甲斐もないことをはじめよう。

継続性がある手内職のようなささやかな仕事・・・やっぱりキーワードは”換金”のようだ。



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2010年02月02日

中島孝之福岡県元副知事と山本文男添田町町長の醜態

旧知のお二人が逮捕された。

福岡県元副知事の中島孝之氏と添田町長の山本文男氏だ。

山本町長は全国町村会会長でもある。

yamamotofumio.jpg

山本会長も逮捕 贈賄容疑 福岡県町村会事件

前福岡県副知事の中島孝之容疑者(67)にわいろを提供したとして、福岡県警は2日、贈賄容疑で全国町村会長と県町村会長を務める添田町長山本文男容疑者(84)ら2人を逮捕した。


せこい事件のようで、旧知であるということすら恥ずかしい。

まあ、賄賂を贈らなかったせいかもしれないが仕事はうまくいかなかったし、尊敬できる人たちでもなかったから半ばいい気味だという思いもある。

それにしても旧態依然の、いかにも田舎らしい事件で、お二人のえらそうな顔を思い出しながらあきれ果てている。

特に山本町長は、絵に描いたような、漫画的に誇張されたような、こわもての芝居がかった人物であるが、84歳にもなろうというのに情けない限りである。

だが、まあ想定内のことである。


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2010年01月24日

生殺与奪

今、カミさんが僕の生殺与奪の権を握っている。

彼女がそのことを明確に理解しているかどうかはわからないが、しばしばジャブのように見えない刃が繰り出されてくる。

時には笑いながら、脈絡もなく、突然鋭い刃が繰り出され、唸りを上げて首筋を掠めるから、ひやひやもので片時も油断することが出来ない。

娘がそれに加担することもある。

こうなると暑い鉄板の上に裸足で乗ったみたいに、ぴょんぴょんはねながら刃を避けねばならないが、そう避けられるものではない。

いたぶられっ放しになる。

口答えなど出来るものではなく、せいぜい腕や足を使って急所を避けるだけになる。

そんな日々を送りながら、職場でこんな眼にあっている人が少なくないのではないかと思い、深く同情する。







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2009年12月12日

自分の才能をどこまでも信じるという狂気

昨日の寝がけ、”自分の才能をどこまでも信じるという狂気”というものが必要なのではないかと考えながらベッドに入り、そう考えながら朝起きて忘れてしまっていたらその程度の問題だろうと思っていた。

そう思っていたら睡魔が襲ってきて、おかげですぐに眠りに入ることができた。

朝起きると、ベッドから出る前に昨夜の想念が頭に浮かんできた。

「うむ、これは案外大事なことかもしれない」と思った。

同時に、「これは自分だけに通用することかもしれない」とも思った。

どこかで、自分の才能を信じていないからである。

T君もカミさんもそう思っているようだし、最大の味方であった母親も応援することにくたびれて次第にそう思っているふしも感じられたし、自分でもきっとたいして才能がないのだろうなと思うようになっていたし、それはみんな当たっていた。

でも、それじゃ生きられないとしたらなんとする。

この不景気で、この経歴で、この顔で、この年では、ハローワークに行っても仕事にありつけない。

どうする?

才能を過信してでも、突っ走るしかないのではないか。

それは口で言うほど簡単なことではない。

狂気がいる。

自分だけでなく、とても困難な次代に差し掛かっていると思っている。

教養や、知識や、知恵ですら、説得力を持たずに空回りしている。

今日、図書館で気になっていた【特別対談】「情報革命期の純文学」東 浩紀+平野啓一郎(新潮20101月号)を読んだ。

新春の特別対談で、長い割には期待はずれ(そう期待はしていなかったが)の対談だった。

編集部の狙いそのものが古い。

「情報革命期の純文学」なんて、タイトルがちっとも格好よくない。

古い編集部の企画に乗っかったお二人もおかしい。

衒学的ともいうべき難解な言い回しで、純文学をリードする若き旗手といった趣はなく、まるで純文学の講釈をたれる講釈師ようなたたずまいだった。

きっと、お二人は後で恥ずかしいと思われただろうが、もう、完全に新潮という雑誌の存在価値もないと思った。

対談の中で何度もドストエフスキーの名前が出て、ドストエフスキー好きの僕としては大いにうなずけるところもあったが、まさかドストエフスキーを日本の純文学という小さなカテゴリーで捉えているわけないよね、といいたくなるような対談だった。

若くて頭のいい、想像力もある物知りたちが空回りしている。

由々しきことだ。

才能のある人たちが空回りしはじめていて、これまでに評価されてきた才能というものが賞味期限が切れて、これまで評価されてこなかった才能が求められているのではないかと勝手に思い、”自分の才能をどこまでも信じるという狂気”という想念が必要なのではないかと考えたわけなのだが、これはとても恥ずかしいことでもあるのだ。

僕はとりあえず、ブレークスルーからマッドスルーの時代に差し掛かっており、頭で考えるのではなく五感第六感で事に当たる能力こそがこれからの才能だと考えている。

そういう意味での”自分の才能をどこまでも信じるという狂気”でした。




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2009年12月01日

映像コンテンツの企画開発のオープン化は可能か?(1)

もう10年以上前からホームページを開設したり、ブログを始めた頃はブログサービスを提供する各社にそれぞれブログサイトを持ったり、それなりにインターネットにかかわってきた。

mixiにもマイスペースにも登録したし、youtubeもニコニコ動画もGyaoも利用したし、セカンドライフも覗いたし、ヤフーとグーグルのメールを利用しているし、ケータイのiモードも定額制にしているし、それなりによかったと思うことは多々あったが、ケータイ動画の企画を考えた頃から飽きが来て、twitterなどには食指さえ動かなくなった。

最近も新しい映画および映像の企画書を書き続けているが、これらこそネット上に公開したいのだが、ビジネスを考えるとそれも出来ない。

今日、旧知の映画監督と電話で話したが、電話の間中こぼし続けていた。

彼はある企画をもう1年以上某映画関係会社に持ち込んで動かしているがなかなか成立にいたらず、だからといって(業を煮やして)他社に持ち込むわけにはいかなくて、このままでは飢え死にしてしまうとこぼすのだった。

映画界はものすごく狭い世界だ。

劇場のスクリーン数は全国に3000以上あるが、大半はチェーン化されていて数えるほどの配給会社(劇場経営も兼ねているところも多い)によってコントロールされているから、下手な動きをすると企画そのものがオミットされてしまう。

そうでなくともオミットはある。

A社に持っていった企画が何らかの事情でA社の企画に上らない(断られた)とき、まずしばらくは(数年間もかかるときがある)B・C社には持っていけない。

即持って行こうものなら、B・CからA社で断られたのを内に持ってきたと言われ、下手をするとその企画は永遠に没になる可能性がある。

テレビは映画ほどではないが、まま、あるようである。

他の業界の人に話すと、とても理解できないといわれることが多い。

だから、ネットで企画のプレゼンテーションを行うシステムのことは10年以上前から考えているが、いくつかの企画は密かにそうしたこともあるがあくまで密かであって効果はなく、なかなかいい方法が思いつかないで今に至っている。

こんな状況をこのまま存続させていると、いつまでたっても自らの企画を実現させようとする監督やプロデューサー、製作会社に未来はないと思うから、いつも何か方法はないかと考え続けている。

今日はまた改めて、この由々しき問題を思い起こされた。

この問題を解決するにはインターネットを利用するしかないと思っているのだが、興行、配給、下請の製作プロ、スタッフに問題意識がなく、前途ははなはだ暗いといわざるをえない。

企画開発の開かれたマーケットを作るというようなたいそうなことではなく、企画はどこに持ち込んでもいいという当たり前のことが行われるようになることが、日本映画の底上げにつながると思うのだが誰もそれを言っていない。

末端の製作プロやスタッフに大きな顔はさせないという見えない力が働いているのだが、それを指摘する声はない。

インターネットを利用してここらあたりから突破口を見つけるしかないか、などと考えながらこの記事を書いている。




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2009年11月03日

ドラマのTBSが提供する大再現オールスタードラマに唖然

今夜放送された”JNN50周年記念 歴史大河スペクタクル 唐招提寺1200年の謎”という番組をほんの少し見て、正直言ってあきれるというよりおぞましいと思った。

僕の勘違いだが、NHKが制作した重厚なドラマだと思っていたら、TBSの”大型再現ドラマ”だった。

テレビとはこんなものだろうと考えていたので驚きはしないが、この時期に、ゴールデン枠に、スペシャル番組の体裁でぶつけてくるとは予想をしていなかった。

テレビらしいといえばテレビらしい。

ヤフーのラテ欄から引用。

JNN50周年記念 歴史大河スペクタクル 唐招提寺1200年の謎
〜天平を駆けぬけた男と女たち〜倒壊の危機!国宝金堂10年の大改修を完全密着ドキュメント歴史的大発見が続出&ドラマで描く寺建立‥鑑真の志を継ぐ天平の三銃士

出演
如宝…中村獅童 藤原刷雄…山本耕史 和気清麻呂…永井大 孝謙天皇/上皇・称徳天皇…南野陽子 道鏡…魔裟斗 広虫…小沢真珠 藤原仲麻呂…永島敏行 光明皇太后…島田陽子 智努…滝田栄 鑑真…中村嘉葎雄
スタッフ
【脚本】木下草介   【構成】日野原幼紀 新貝典子
属性情報

その他の情報
・ナビゲーター
関口宏 田丸美寿々
・スタッフ
【制作プロデューサー】谷上栄一 西野哲史           高橋正嘉 【総合演出】堤慶太 【ドラマプロデューサー】三城真一 【ドラマ演出】竹之下寛次
・制作
TBSテレビ

ジャンル
ニュース/報道 - 特集・ドキュメント  ドラマ - 時代劇  ニュース/報道 - 報道特番
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唐招提寺 天平 国宝 金堂 鑑真 三銃士

如宝 中村獅童 藤原刷雄 山本耕史 和気清麻呂 永井大 孝謙天皇 上皇 称徳天皇 南野陽子 道鏡 魔裟斗 小沢真珠 藤原仲麻呂



直感的に”電通文化の末期的症状”ではないかと思った。

だが改めて考えると、電通(博報堂かもしれないが)の生き残り作戦であったとしても、きわめてテレビ的な番組作りであるといえるかもしれない。

恐るべきは、こんな番組を作る姿勢で、テレビ局が映画と名のつくものを作っていることである。

そして、映画業界が「仕方がない」といい、おもねっていることである。




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2009年10月31日

クジラのルイベが大好きなんだけど

極めて個人的なことで恐縮ではあるが、時の首相と一般人を同列に比べて物申すのもおこがましいが、鳩山首相と僕の違いが日々明らかになっている。

鳩山首相が非喫煙者でタバコ増税を考えているらしいが、僕はひどいタバコ中毒者でタバコ増税には断固反対の立場であり、そのことをつい先ほど当ブログに書いたばかりである。

もう寝ようかと思ってネット上のニュースを見ていたら、下記のような記事が目に入った。

鳩山首相「クジラ肉大嫌い!」 反捕鯨後押し? オランダ首相との会談で2009.10.30 23:09

このニュースのトピックス:捕鯨
 鳩山由紀夫首相が、反捕鯨国として知られるオランダのバルケネンデ首相との会談で、日本の捕鯨問題に絡み、「私はクジラ肉は大嫌いだ」と発言していたことが30日、分かった。調査捕鯨活動を直接否定したわけではないが、再び活発化しつつある世界的な反捕鯨の動きを後押ししかねない危うさをはらんでいる。

 鳩山首相は26日、首相官邸でバルケネンデ首相と会談した際、米環境保護団体「シー・シェパード」がオランダ船籍の抗議船を使い、日本の調査捕鯨船の活動を妨害していることについて「旗国としてしっかり対処してほしい」と要請。捕鯨に関する両国の考え方の相違に言及しながらも「クジラ肉は大嫌いだ」と強調した。

 関係者は「首相は相手の考えに合わせて共感を示そうとした」と説明するが、鳩山首相は民主党幹事長時代の昨年6月、やはり反捕鯨国であるオーストラリアのスミス外相と会談した際も「実は今朝、家内(幸夫人)の手料理にクジラが出た。私はクジラを食べない主義なので拒否した」と述べている。地元の北海道苫小牧市や室蘭市などでホエールウオッチングを観光資源とする動きがあることにも配慮しているようだ。

 日本は世界でも例をみない多種多様なクジラ料理と文化を有しているが、捕鯨制限・禁止の潮流の中でその消失が危惧(きぐ)されている。今年は和歌山県太地町のイルカ漁を批判したドキュメンタリー映画「The Cove(入り江)」が米サンダンス映画祭で観客賞を受賞し、世界的に反捕鯨の動きが活発化しつつあることもあり、政府内からも「捕鯨国、日本の首相として甚だ軽率だ」との声が上がっている。


僕はクジラが大好きであるが、クジラの肉も大好物であり、特にクジラの赤身のルイベは最も好きな食べ物のひとつである。

クジラの脂身と大根の煮付けも大好きだし、尾の身の刺身も好きだし、軟骨や内臓などあらゆる部位を賞味してきたし、他の食物では代替できないものだと思っている。

タバコとクジラの好みで、鳩山首相と僕は決定的に違う人間なのだと思った。

ちなみに、ずっと以前からクジラの肉は手に入りにくくなり、馬肉を代用として食してきた。

馬肉でも赤身のルイベが大好きであり、薬味はしょうがに加えてにんにくを使用する。

クジラの場合、僕はにんにくは使用しない。

それが何故なのかは考えているが、まだよくわからない。

いずれにしても、クジラも馬肉も大好きだということです。

もちろん、食後のタバコは欠かせない。










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2009年10月22日

まるで伝道者のようなような毎日

映画の配給会社が相次いで倒産したり、資本の譲渡があったり、大幅な人事異動があったり、DVDが売れなくなってリストラがあったり、製作プロダクションが事務所を閉めたり、支払いの遅延がいたるところで発生しているが、こんなときだからこそチャンスであると考える人は少ないようだ。

いくつかのタレントプロダクションが、一時的な”邦画盛況”という噂を真に受けて映画ビジネスに参加したものの軒並みコケて、早くも撤退というニュースも聞こえてくる。

横並びのテレビ局映画参入によって、公共電波の私物的利用によって膨大な宣伝費が投入されることになり、テレビ局がらみの映画だけが映画興行収入を独占する事態となり、今や映画興行はテレビ局のプログラムピクチャーで構成されている。

言い換えると、今やブロックブッキングだけでなくフリーブッキングも名ばかりで、映画興行は各テレビ局の自社枠によって形成されているというのが実態で、まるでテレビのタイムテーブルを埋めるようにして番組が提供されている。

「この企画はどうなあ(弱いなあ)」と思っても作らなければ、その枠は他局に持っていかれてしまうという恐れがあり、テレビ番組を提供するように作り続けなければならないというジレンマに陥っている。

テレビ局の映画がパイの食い争いをしていることは関係者なら誰でも知っていることだが、目先の利益に群がって”本当の才能”を見殺しにしてきたから、凄まじい企画の劣化が進行しているのにもうどうすることも出来ない状況にいたっている。

だから大きなチャンスがあると思っているのだが、才能のある連中が徹底的にいじめられ、満身創痍になり、弾き飛ばされたという現実があり、点在するかもしれない個々のエネルギーを集結させて、新たなる潮流を作り出すのは至難の業に近いだろう。

今日も一人一人、何度も何度も、具体的な企画を提供しながら、出来るだけ刺激的なことを言い続けた。

「番を張ろう!」なんて言い方も含めて。






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2009年10月20日

フジテレビ系の関西テレビがテレビショッピングドラマ版を製作

今朝、後輩のプロデューサーに下記のようなメールを送った。


T・I様

世も末の番組作り。

http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=4166

テレビとはこんなもんだという考え方もあるだろうが。

参考までに。

松本廣


ずっと以前に、ケータイ動画サイトでいわゆるプロダクトプレースメントの手法を使って、商品購入まで誘導するドラマを作ったら面白いと後輩たちに勧めていたのだが、こともあろうに公共の電波を利用して関西テレビが先陣切って始めるらしい。

それもフジテレビと連動して(?)。

節操がないとも商売熱心ともいえるが、まさにテレビショッピングドラマ版で、テレビ局は完全に負のスパイラルに突入しつつある。

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2009年10月12日

加齢臭を放つメディアとテレビ

あえて言うが、自民党と共にわが世の春を謳歌してきたメディアに加齢臭が漂っている。

メディアの中で比較的新しかったテレビもとっくに加齢臭を放っているのだが、そのことにまだ気がついていないのか気がつきたくないのかはわからないが、先が見えない低下が続く広告収入と視聴率を目の当たりにしても、自らが放つ腐臭に無頓着であろうとし続けてきた。

今回の政権交代は明治維新や敗戦と匹敵するぐらい革命的なことだと民主党はことあるたびに言ってきた。

自民党が放つ加齢臭に国民は耐えがたかった。

その自民党とぐるになってこの世の春を謳歌してきたメディアは、戸惑いながらも巧妙に民主党政権に擦り寄ろうとしているように見えるが、いい飯を食ってきた結果の濃度が濃い加齢臭はごまかせないと思う。

テレビ局の加齢臭はとりわけ臭い。

今日、こんな記事を目にしたので一部を引用。

テレビ番組も「政権交代」 今起きている潮流

半世紀に及んだ自民党政治から政権が取って代わられて一か月が過ぎた。

政治が大きく変わった今、変化の時期を求められている社会がある。

それは、テレビ業界だ。

国民を総バカにしたといわれながらも視聴率至上主義で番組を作り続けてきて、こちらも半世紀が過ぎた。今、テレビ業界内でも、己の功罪と時代の流れを踏まえ、そろそろ本腰を入れて変革をする時期だと声高に唱える人が増えてきた。


僕は自民党が再生できないだろうと思っているが、もしかしたら近い将来において消滅するかもしれないと思っているが、テレビは消滅することはないにしても未来をリードするメディアとして再生することはありえないと考えている。

そして、もし許認可の縛りがなくなるようなことがあったら、今のテレビ局は消滅すると確信している。

テレビの加齢臭を消すのは難しい。



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2009年10月09日

見苦しく、聞き苦しい石原東京都知事

2016年のオリンピック招致に失敗した石原東京都知事が潔くない。

というか、見苦しく聞き苦しい発言を今も続けている。


「悪いと言ったわけじゃ…」五輪招致発言で石原知事

 東京都の石原慎太郎知事は9日の記者会見で、2016年夏季五輪招致に関する自身の発言に対し、開催都市に決まったリオデジャネイロ(ブラジル)側から批判が上がっていることについて、「私の言ったことが正しく理解されていない」などと釈明した。


 石原知事は、コペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会総会から帰国した4日、記者会見で「ブラジルの大統領が、聞くところ、アフリカの人に思いきった約束をしたというようです」などと述べた。

 この発言について、石原知事は、「悪いと言ったわけではない」としたうえで、「総力戦としては当然のこと。やられたなという感じがした。(日本も)総力戦をやらないとダメ」とした。

(2009年10月9日19時56分 読売新聞)


テレビでこれらの発言をするときの石原知事の顔は品というものがない。

だいたいオリンピックあたりに東京の発展をゆだねたり、期待するところが浅ましいのに、ネガティブキャンペーンを繰り返した自民党と同種の精神構造で、欲の深い老醜をさらけ出している。

以前も書いたが”吝嗇”という言葉が似合う。

石原都知事がやるべきことは、オリンピック招致にかかった150億円の明細を公表して、一刻も早く辞職すべきだと思う。



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2009年10月08日

凄まじい淘汰にさらされる弱小広告業界

いまさら広告業界の業績が悪化しているというのもなんだが、こんな記事があった。

最悪のペースで推移……広告業界の倒産件数
リーマン・ショック以降、企業業績は急速に悪化したが、中でも大きな影響を受けたのが広告業界だ。日経広告研究所が発表した『有力企業の広告宣伝2009年版』によると、2008年度の有力企業4444社の広告宣伝費総額は前年度比7.33%減の3兆608億円。連結ベースで見ると、同6.02%減の5兆9245億円となり5年ぶりの減少に転じた。

 依然として厳しい経営環境が続いているが、広告業界はどのような状況に置かれているのだろうか。帝国データバンクの調査によると、2009年上期(1月〜9月)の広告業者の倒産は前年同期比40.6%増の201件に達していることが分かった。負債額別に見ると、「1億円未満」が142件(70.6%)で最も多く、業種別では「広告代理業」が93件(46.3%)でトップ。帝国データバンクによると「広告関連業者の倒産は増加基調が続いており、今年9月までの倒産件数は、2001年以降過去最悪のペースで推移している」という。


倒産が”前年同期比40.6%”という数字はなかなかだ。

僕が知っている弱小の広告会社のいくつかは、リーマン破綻の半年も前から急激に売り上げが落ちているといっていたから、リーマン・ショックによって更に業績悪化が加速したということだろうが、オフィスを狭いところに移したり、定番のリストラをして生き延びようとしている。

残念なのは、ビジネスモデルの転換を図ろうとしているところが少ない。

まあ、今を生き延びるので精一杯なのだろう。






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2009年09月12日

味噌もくそも一緒のメディア(マスゴミ)の行方

メディアが民主党がらみのニュースで賑わっている。

民主党の圧勝で終わった衆議院選挙から2週間がたとうとしているが、酒井法子事件も押尾学事件ももはや過去の話となり、テレビのニュースでは民主党の組閣など人事に関する情報が連日連夜伝えられ、情報バラエティ番組には民主党議員が入れ替わり立ち代り出演していて、まるで政権党による電波ジャックが行われているかのようである。

このようにメディアはこぞって民主党がらみのネタに喰らいつき、一応自民党の総裁選へ向けた情けない動きも抜け目なく追っているが、今後どうしていくのだろう。

民主党は鳩山「故人献金」や小沢「西松事件」など選挙前から抱えている問題があり、選挙後には田中美絵子議員が映画でヌードになったことがあるとか、渡辺義彦議員が自己破産手続き中であるとか次々と新しい問題を提供し続けているが、はたから見ていると、これらの諸問題が巨大政党民主党にとってはまったく痛手ではないように見える。

メディアはこれからも民主党が提供する諸問題を格好のネタとして喰らいついていくと思うが、これから来年の参議院選挙まで民主党の一挙手一投足を追い続けていったとき、どんなことが待っているのかシミュレーションしているのだろうか。

素人考えだが、来年の参議院選挙までの政治はきわめて密度が濃い。

”ミイラ取りがミイラになる”という言葉があるが、メディアはミイラ取りになると思う。

こんなイメージだ。

メディアは民主党と一心同体になり、民主党のジレンマをわがこととして内包するようになる。

なぜなら、2大政党の一方の雄がおそらく消滅するからである。

そうなると、メディアが上から目線ではなく国民目線に立つことだから悪いことではないのだが、今のところ、メディアはこのことについてまったく気がついていないように見える。

それはそうでいいと思う。

宇宙とか、地球とか、世界の環境とか個人レベルで考えると、誰でも大きなジレンマに陥る。

そこでは、自民党とか民主党という対立概念そのものが陳腐であり、誰もがポジショントークの限界を知ることになる。

今や、メディアのほとんどすべてがポジショントークで成り立っている。

インターネットというジャーナリズム・メディアがあるからこんなこともいえる。


一杯飲みながらの記事でした。






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2009年09月08日

もう、GyaOなんて古いのじゃないのかな?

こんな記事が目に付いた。

GyaO、無料と有料の2サイトにリニューアル--プレーヤーにはSilverlightを採用

もう、ネットであれケータイであれ動画サイトなんて古いのじゃないかと思っている。

おそらく、ヤフーがUSENが経営するGyaOを買収して上記のようにリニューアルしても、多少は会員も増えるだろうが、もう時宜を逸しているとしか思えないのだがどうだろうか。

ウィンドウバブルである。

体力勝負で、使い古した寄せ集めのコンテンツを腐るほど集めて、デパートとアウトレットとコンビニをゴチャにしたような動画サイトを提供すること自体が、いささか古いと思うのは僕だけだろうか。

もうネットもケータイも、それにまつわるコンテンツも、インフラも機能も何の新鮮味もないはずで、それにかかわる経営者たちの頭脳そのものが社会の変化のスピードについていけず、コモディティ化していると僕は思う。

もう、小銭を稼いでいるに過ぎない。



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2009年09月05日

政権交代とゴシップとスキャンダルのメディア

今度の政権交代は情報バラエティ番組では手に負えないのではないかと思う。

テレビはゴシップとスキャンダルのメディアとしては他の追随を許さない。

総選挙中は酒井法子事件関係で明け暮れていたテレビだが、「民主党圧勝、自民惨敗」で選挙が終わってからは一挙に政治モードになっていった。

といっても、ゴシップやスキャンダルを扱うような手法で、”華麗なる鳩山一族””小沢ガールズ(チルドレン)””権力の二重構造””改めてマニフェスト””哀れな自民党”などがバラエティタッチで面白おかしく放送されるだけなのだが。

テレビは日常的に番組で新聞や週刊誌のニュースソースをフルに利用していて取材力に欠けるが、政治に関してもほとんどその方法しか手がないから、せっかくゲストに政治家を出演させていてもその番組ならではの発言を引き出すことができない。

というか、時間も限られているし、演出という名で質問も答えもあらかじめ決められているし、その上でいかにバラエティ風に見せるかどうかが肝になっているから、新しい発言なんかは日曜日の政治バラエティ番組にでも任せておこうという腹かも知れない。

だから、別にそれで文句があるわけではない。

ただ、そんな政権交代関連の軽い番組ではあっても、コーナーが変わって他の話題になると、とたんに面白くなってしまうような気がするのは自分だけだろうかと思うのだ。

もしかしたら、今はどんなエンタメ(エンターテインメントではない)より政治のほうが面白くなっているのでなかろうか。

古い古いといわれてきた政治や官僚システムが、今回の政権交代によって一気に新しいステージにたつとしたら、これまでの古いシステムの中で新しい先端的な位置を維持してきたと思われるテレビが、一気に旧来のメディアに陥る可能性があるとはいえないだろうか。

いや、僕はもうそうなっていると思っている。

ずっと、テレビはどっぷり自民党的だったのだから。



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2009年08月22日

民主主義をコントロールしはじめた日本人

日本の未来は面白くなるかもしれない。

民主主義をコントロールし始めたとするなら。

その可能性を予感させるこのところの選挙情勢調査である。


国民の多くは今の政治家を与野党を問わず信用していない。

特に世襲政治家の多い自民党に対しては許しがたいとすら思っている。

彼らは代々の家業を継ぐようにして既得権益を継承し、有権者たちをまるで小作人をいとおしむような人間関係に組み入れ、それらを”和”という概念のオブラートで包み込み、自分たちに都合がよいヒエラルキーを形成して秩序を保ちながら延命してきた。

右肩上がりで成長しているときはよかったが、気がついたらみんなが豊かな総中流社会は過ぎ去り、格差は広がり、貧困層が増大していて、子供を生むことはおろか結婚すらできない社会が出現していた。

国民がこのような社会を出現させた政治家を信用できるわけがない。

与党政治家だけでなく、反対だけを声高に叫んできた野党政治家に対しても同じ気持ちだ。

もちろん、権力の中枢にかかわる官僚や御用学者やマスコミなども信用していない。

今回の総選挙の結果がどうなるかは投開票を待たなければならならないが、信用できない今のシステムに対して業を煮やした国民が、外圧や、自然災害などの力に頼らず、自らの力で民主主義をコントロールし始めたのではないかと思っている。

日本人が変化し始めたと考えると面白い未来になる。

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2009年08月11日

ヘタレの中で、民主党の小沢一郎だけが際立っている

総選挙も来週に告示を控え、中だるみの選挙戦が次のステージに向かい始めたような気配だ。

民主党がマニフェストの確定版発表したようだし、大阪橋下知事ら首長連合が民主党支持を表明した。


民主党が公約確定版を発表

橋下知事ら首長連合、民主支持を表明

こんな記事もある。

「負けっぷりよくしないと」=鈴木元首相発言に言及−麻生氏
「負けっぷり良く」 首相が意味深発言

死の危険といつも隣り合わせにいた炭鉱夫の潔い性格の筑豊気質が、東京育ちの麻生首相にもDNAとして受け継がれているのかなとも思うが、真意が別だったりするから本当のところはよくわからない。

少なくとも人気回復につながる言葉とは思えない。

不人気の麻生総理とは違って250件以上の選挙応援の要請がある人気の舛添大臣は、そんな自党の候補者たちに対して人気頼みの”ままごと選挙”では戦いにならないといっているが、甘利大臣などはまだ民主党たたきに精を出している。

「民主公約はピザのトッピング」甘利行革相

民主党の小沢一郎氏だけが際立っているように思える。

当然といえば当然だが、平沼氏の選挙区に民主党候補者を立てた。

もう、グダグダいっている時期は過ぎたのかもしれない。

小沢一郎だけが大人の顔をしている。

他はすべてヘタレの顔だ。

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2009年08月06日

大原麗子さんが亡くなったニュースを見てチビナベを思い出した

今、押尾学や酒井法子など薬物に絡む事件が大いにマスコミをにぎわせている。

そんなとき、女優の大原麗子さんが亡くなったというニュースが目に入った。

女優・大原麗子さん自宅で死去

大原麗子さんとは一度も仕事をしたことはないが、一時期、彼女のマネージャーをやったことがあるW君からいろいろ聞いていた。

W君は早稲田大学を卒業してWプロダクションに入社し、子会社のW企画のマネージャーとして社会人スタートを切ったが、最初の担当が大原麗子さんだったらしい。

マネージャーになったばかりのW君は、大原麗子さんに付き添って京都撮影所での撮影に同行したが、そのロケーション先で便意をもよおして藪の中でおしっこをする彼女をガードすることだったらしく、早稲田大学を卒業して「俺は何をしているのか」と涙が出る思いだったと語ってくれたことを思い出した。

W君は”チビナベ”といわれていた。

彼と僕とはずっと家族ぐるみの付き合いだった。

まあ、いろいろあったということだろう。

・・・。

当時、創立者である渡辺プロダクションの社長が”オオナベ”で、小柄なW君が”チビナベ”というような印象で、ショーケンや沢田研二のマネージメントもやっていたから、業界内ではある種名物マネージャーだったともいえた。

彼は、芸能マネージャーから初めて劇場用の映画監督になった人物でもある。

『モーニングムーン派粗雑に』というアミューズが手がけた最初の映画で、サザンオールスターズの桑田君が音楽を担当し、タイトルのとめにあたる役は大原麗子さんのかつての夫である渡瀬恒彦さんであり、そのプロデューサーは僕だったのである。

この記事をアップしたところで、こんなニュースが報じられた。

女優の大原麗子さん、自宅で死亡…死後2週間経過?

痛ましいことである。

大原麗子さんは”六本木野獣会”のメンバーでもあった。

野獣会のメンバーにも知り合いがいて、いろいろ面白い話を聞いたことがある。

チビナベは業界を去り、野獣会のメンバーだったH氏は脳梗塞になり、大原麗子さんも62歳の若さで亡くなって、どんどんあの時代が遠ざかっていることを実感した。

まだ、みんな、そんなに年でもないのに・・・。


でも、今は大原麗子さんのご冥福をお祈りします。


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2009年08月03日

今更だが、テレビの時代を読む眼が劣化している

SMAPの香取慎吾主演ドラマ『こちら葛飾区亀有公園前派出所』(TBS系)の第1回視聴率が12.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)だったとのこと。

先日、若いスタッフたちと雑談した際、すでにテレビは時代の最先端を走る仕事ではなく、もはやビジネスモデルとしても壊れかけているから、早く別な仕事に鞍替えしたほうがいいといったことがある。

そのときに、『こち亀』を例に挙げた。

「企画もキャスティングもまったく時代にあってなくて、とち狂った企画だと思うがどう?」ときいたら、ほぼ全員がうなずいていた。

テレビは今後も”垂れ流しメディア”として存続するが、クリエイティブなことやジャーナリスティックなこととは無縁になるはずだ。

もともとテレビとはそういう流通メディアであったのだから、それで十分なのだともいえる。

だが、若いスタッフたちは僕の意見にうなずいたものの、テレビにまだ期待(経済的?)をしている。

はっきりとはいわないが、小さなケータイ動画のコンテンツなんか本気でやってられないといった趣である。

かつての映画がテレビを電気紙芝居と馬鹿にしたように。

正直に言って、僕は多くのテレビ番組に対して生理的な嫌悪感すら抱いている。

特にドラマはすべてであるといってもよく、タレントで見せようとするスポーツ中継、美形タレントにデブ、ちび、アホ、オタク、ヤンキーなどのキャラをまぶしたバラエティ、同じような構成の政治をネタにした情報バラエティなども耐え難いものがある。

テレビは完全に時代を読めなくなっている。

かつては読もうとした時代もあったが、そんな人たちもいたが、成長神話と共にテレビは時代に寄り添って成長してきた。

時代なんて読む必要がなかった。

傍若無人、みんなで赤信号をわたった。


て、時代がけつまづいて先が見えなくなると同時に行く先を見失い、右往左往しているというのが今ではないかと思う。

もう20年以上前からテレビは時代を読もうとしなかったのだ。

時代の最先端を走っているとの思いだけでなく、自らが時代そのもであるとまで思い上がっていたから。



posted by 映画プロデューサー at 23:49| Comment(1) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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