2010年02月10日

布団の中に潜り込んで

さっきアップした記事も布団の中で書いた。

つぶやきみたいなものだ。

いい加減極まりない。

このところずっと、石川啄木のことを調べていた。

図書館とネットに掛かりきりの毎日が続いている。

一銭にもならない日々だ。

そんな折り、啄木が大きな影響を受けた大逆事件にかかわりがあるニュースが目についた。

毎日新聞のスクープ記事だった。

大逆事件で死刑になった管野スガが、獄中から杉村楚人冠に宛てた「針で書かれた書簡」が発見されたという内容だった。

今年は大逆事件から丁度100年目にあたる年だ。

今、大逆事件について考えている。

どう扱うべきか?

眠くなってきた。

もう、寝よう。
posted by 映画プロデューサー at 01:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

無駄飯を食うこと

毎日、無駄飯を食っていることに忸怩たる思いをしている。

ただ、無駄飯が大きな成果をもたらすという確信はあるが、今はそれをカミさんに主張するつもりはない。

何の稼ぎもなく、何ヵ月もブラブラしながら食べさせてもらっていて、主張など出来るわけがないからだ。

でも、一気にカミさんの年収を上回る収益を得るかもしれない。

これまでに何度もあったことだから、カミさんも分かっているはずなのだが、険しい顔と言葉でイビってくる。

本人は被害者意識が強いから、イビっているつもりなんかほとんどなく、どうしようもなく始末が悪い。

だが、追い詰められるのは悪くない。

追い詰められて、追い詰められて、ヒィ、ヒィ悲鳴をあげながら、決定的なアイディアが出てくるのではないかと思っているから。

先のことは分からない。

そう思い決めて、マッドスルーを楽しむような毎日を送っている。

買い物に行ったり、料理をしたり、図書館や区民センターの談話室に赴いたりしながら、餓鬼ん子のように無駄飯をむさぼっている。

比喩的に言っているのではない。

現実ほど面白いことはないのだ。
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2010年02月09日

おから料理3品顛末

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料理そのものは失敗もなく悪くなかったと思うが、おからとネギの味噌汁はちっとも美味しくなく、不人気で、二度とつくりたいとは思わなかった。

おからのきんぴらはさっぱりしてて、定番メニューに組み込めると思った。

鯖卯の花は、鯖ではなく鰯の缶詰を利用したが、まあまあの出来で美味しくいただき、料理の工夫次第では他に替えがたい一品になる可能性があると思われた。

ただ、そもそもおからが大豆の美味しいところを採った絞りかすで、旨味もなにもない増量材のようなものだから、食材として多くを期待するのは無理がある。

写真のおから料理は、残ったおからのきんぴらと鰯の缶詰でつくった卯の花とを混ぜ合わせたものだ。

出来上がり感が似ているし、何の問題もないはずだ。

おから料理のコツは、さっぱりと仕上げることで、決してベタベタにしてはいけないということではないかと思った。
posted by 映画プロデューサー at 22:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おから料理3品

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近所の豆腐店でおからを二袋(一袋50円)買った。

本当は一袋でよかったのだが、何となくケチくさいような気がして、つい大人(男)買いをしてしまった。

まあ、あまりに安い大人買いであったが、気分は悪くない。

ところが、けっこうな量で、どう料理して食べたものか?

ここで思い出した。

ずっと以前、大量の卯の花料理(人参、こんにゃく、ひじき、油揚げなどを炒め煮したもの)をつくったことがあったが、不味くて、大半以上を捨てたことを思い出した。

おから料理は難しいのである。

おからそのものが美味しい食材ではないから、味付けなど料理の腕がためされるのだ。

ネットでレシピを調べていたら、おからは傷むのが早いから、買ったらその日のうちに料理しろと書いてあるものが多く見受けられる。

以前もそうだった。

その日のうちに料理しろという言葉に煽られて、大量の不味い卯の花料理をつくってしまったのだった。

以来、おから料理はつくったことがないから、おから料理の腕は上がっていない。

面倒だが、3品のおから料理をつくることにした。

鯖(他の魚でもいいらしい)卯の花、おからきんぴら、おからとネギの味噌汁の3品だ。
なかなかいいバランスのメニューができそうだ。

さあ、これから下ごしらえを始めよう。

ちなみに、夕食を終えてから、おから料理顛末記事をアップする予定。
posted by 映画プロデューサー at 17:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月07日

鬼は存在する

少し飲んで。

お笑い的感覚で、映画を作ってはいけない。

サクサクと作ってもいけない。

客が入らないから。

例えば、「鬼」だ。

以前、映画化された『鬼嫁日記』というブログが話題になったことがあり、その時にも「鬼は存在するよな」と秘かに共感したことがあったが、映画を観に行きたいとは思わなかった。

身につまされて、とてもお笑い感覚のエンターテイメントとして受け入れることができず、「バカな企画」だと思った記憶がある。

シリアスな社会性のある映画として売られていたら、もしかしたら観に行ったかもしれない。

本来は、鬼は恐ろしく怖い存在なのだ。

テレビのお笑いで鬼を面白おかしく扱うことはできるが、その本質は危険極まりないもので、下ネタ以上に細心の注意を払わないといけない類いの存在なのである。

その鬼と今は毎日付き合っているから、わかることがある。

鬼の恐ろしさを直に体験するのはまれだと思うが、大袈裟でなくそれは怖いもので、気が狂って精神病院に入れられた方がよほど楽であるかもしれない。

鬼と同居していると、毎日二十四時間、気を抜くことができない。
これをお笑いに転化することは難しい。

類い希なる才能がいる。

まだ、シリアスに扱った方が受け入れられると思う。

例え、滑稽に見えても。

この辺に、映画の当たり外れの根幹があるのだが、何時間も何十時間も論議されていいのに、まったくスルーされている。

果実は、サクサクと得られるものではないのに。

今も鬼は存在すると思っている。

鬼が何処にいるのか、誰なのかが分かりにくいだけだ。

鬼をおとぎ話の世界に閉じ込めてはいけない。

もっと飲んで。

明日から、「鬼」の企画を動かそう。

と、日曜日に(だから)思った。
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会う約束をキャンセル

今日、池袋で後輩のS・Iプロデューサーと会う約束をしていたが、個人的な事情でキャンセルした。

池袋までの交通費はあるもののお茶代には足りず、またの機会に会えばすむことだったので、キャンセルしても何の問題もなかった。

ただ、キャンセルしても何の問題もないということが、もっともゆゆしき大問題だった。

最近は監督やプロデューサーたちと会っても、ドトールやベローチェ、マックなどの安いコーヒーだけの打ち合わせ(打ち合わせ以前)で、居酒屋に移動して一杯やるなんてこともない。

それはそれでいいのだが、クルマだけではなく、人も燃料がなくては走れない。

僕はカスミを食べて走ることもあるが、それは自己暗示をかけてつくりだした錯覚を利用しているのであって、元気がいいときにほんの短時間だけ可能になることであり、人間って面白いなあというような類いのお話でしかない。

個人的には、この性癖が厄介な問題なのであるが、これは自分でコントロールできない。

むしろ、その性癖こそが、僕自身なのかもしれないから。

出来の悪い性癖だと思っても、どうこうできるものではない。
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2010年02月06日

映画が本来持っている力の減退

今、映画が本来持っていた力を失おうとしている。

商品としての価値だけを評価の基準とすることによって、芸術としての価値を放棄してきた結果、日本映画が作品から単なる消耗品になりつつある。

日本映画が作品であり商品であろうとするならば、今が最後のチャンスかもしれない。

消耗品ばかりになるのを待っていたら、作品のつくり手が絶滅していて、作品としての日本映画は作れないだろう。

決して、大袈裟なことを言ってはいないと思う。

いや、もうすでに、そうなっていると言っていいかもしれない。
posted by 映画プロデューサー at 22:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

クサビが大きすぎて

クサビを打ち込んで突破口を開こうにも、手持ちのクサビが大きすぎてもたついている。

その姿は、ひた向きで健気にも見えるが、計算高い狡猾さも見え見えで、その年甲斐のなさはかなり愚かで滑稽なはずだ。

老いた獣は狩りに失敗しても、恥ずかしさで辺りをキョロキョロ見回したりすることはなく毅然としているだろうが、こちらは見物人もいないのに体裁ばかりつけて勝負に挑むことすら出来ず、問題の解決を先送りしている。

取っ掛かりをつくるためのクサビに振り回されて、まあ、それなりに悲哀感も醸し出しているとは思うが、明らかに愚かしさの方が勝っている。

クサビの最適化(このような言葉の使い方は好きではないが、それなりに分かりやすい)を図るか、クサビの打ち込み方を工夫するか、いずれにしてもクサビなくしては未来を拓くことはできない。
posted by 映画プロデューサー at 08:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

部屋が狭いから逃げ場所がない

夜、晩飯のあと、みっちりいびられた。

部屋が狭いから逃げ場所がなく、カミさんの気がおさまるまで、じっと耐えるしかなかった。

口答えは一切せず、ただ黙ってやり過ごした。

無視もいけない。

注意深く、聞いている振りをしていなければならない。

やけに時間が経つのが遅く、ついカンシャクを起こしそうになるが、それをピクリとも表情に現してはいけない。

理屈ではない。

居候の直感である。

カミさんのウップンのはけ口というか、タン壷になることで、居候の身分がかろうじて保たれていると思っているから。

聞き流すということは、案外パワーを要することであり、効果的な処世術であり、仕事など様々な局面で欠かせないテクニックだ。

釈迦の教えだと聞いたことがあるし、ヘタに正論を言ってやりあうより何倍も効果的だったこともあるし、現代人にとって必須の方法論だと思っている。
posted by 映画プロデューサー at 01:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月05日

青い空に白い煙突

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晴れているが寒い。

あんまり寒いと身体だけでなく、頭脳もかじかんでしまう。

写真の煙突の側に区民センターがあり、そこの談話室と図書室を行ったり来たりして考えをまとめようとしたが、もう考えはまとまっているのであり実行に移すだけだということに気づく。

夕方はタイミングよくI君から連絡があり、高井戸のガストで2時間ばかり話をする。

明日からは多少気温も上がりそうだから、身体も頭脳も動きがよくなるだろうと思えるような会話だった。

少なくとも、僕は。
posted by 映画プロデューサー at 18:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月04日

小沢一郎と朝青龍、そして自分

国の傘のもと、税金で食ったり、庇護されたり、特権的な扱いを受けている個人や団体が嫌いである。

それを前提に、二つの出来事を一緒にするつもりはないが、別々に扱うのもかったるくて、備忘録のつもりで書く。

小沢一郎が不起訴になり民主党幹事長の続投を宣言し、朝青龍が”酔って一般人に暴行(?)事件”で引退すると涙ながらに会見した。

まず、小沢一郎の事件に関していうと、「検察対小沢幹事長」とマスメディアが飯のタネとはいいながらむしゃぶりつくように連日報道してきたが、なんともすっきりしないで結末で終わり(次の展開があるのかもしれないが)、検察の無能とメディアの無責任さにはあきれてしまった。

朝青龍の事件もメディアのいい飯のタネになった。

大相撲初場所優勝、場所中に起きた事件が貴乃花親方の理事選挙(貴乃花親方は予想を裏切ってサプライズ当選)と重なって、朝青龍事件は否が応でも盛り上がった。

個人的な感想だが、小沢一郎と朝青龍はどちらもヒール役で人気があり、メディアとユーザーに共通していたのは、どちらもやめさせたくもありヒールとして活躍して欲しいという願望があったような気がした。

僕はそんなことにかまってられないという身分なので、どちらがどうなろうと(たいした事件だとは思ってないから)、騒動が一応の決着をしてよかったというのが本音である。

つい、「どうなっているかな」と思って、テレビをつけてしまったり、ネットでニュースを追ったりしてしまうから。

それにしても、小沢氏の元秘書3人(現職の衆議院議員を含む)が起訴されたというが、どう考えても彼らがやったことは3面記事のちんけな事件にしか見えなくて、検察とメディアに対して言い知れぬ不満がつのってくる。

もちろん、税金で基本的にやりくりしているくせに過剰に尊大ぶる小沢一郎氏もどうかと思うが、形勢が悪くなると(裏では良くなった?)、とたんに低姿勢に出たりするところはまったく信用が置けない。

美しくない。

顔がではない。

今回の騒動のほとぼりが冷め、参議院選挙前にあっと驚くようなこと(幹事長を辞めることも含めて)をやってほしいと思う。

”男、小沢一郎!”というようなことだ。

現代日本の不幸は、”男”がいないことに尽きる、と僕は考えている。

だから、「朝青龍、なくなよ!」と思った。





posted by 映画プロデューサー at 23:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

たそがれて新宿御苑

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H社のKさんにお昼をご馳走になり、帰りに新宿御苑の散歩道を通ってみた。

梅の花がそろそろ咲き始める頃だなと思ったから。

新宿御苑の散歩道を通るとたそがれた気分になる。

散歩道をぷらぷら歩いていると、草花だけではなく、いつも数人のホムレスの姿を眼にすることになる。

すると、我が身を振り返る。

暇を持て余し、映画を観る余裕もなく、交通費の元でも取り返そうという自分の魂胆が見えてきて、たそがれてしまうのだ。

御苑入り口の喫煙スペースがあるレストラン兼無料休憩所に行くと、自分と同じよう身分と思わしき人が多く見られる。

場所柄か女性の数も少なくない。

だから、殺伐とはしていない。

たそがれるのた。
posted by 映画プロデューサー at 14:11| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月03日

ろくでもない年寄りたち

以前、「日本の年寄りたちが劣化している」ということを書いたことがあるが、特に地方のエスタブリッシュメント層(年寄りが多い)の劣化が際立っていると常々思ってきた。

つい数年前まで十年以上もの間、福岡県飯塚市を拠点に活動してきたから、人づての噂話ではなく、直接的につまらない年寄りたちを見てきた。

今回の贈収賄事件で逮捕された中島福岡県副知事や山本添田町長だけでなく、政治、経済、教育、医療、福祉、農業、様々な団体など、あらゆる分野にろくでもない年寄りたちがはびこっていた。

現役世代で構成されるメディアですら例外ではなく、創造性のカケラもない若年寄たちで占められていた。

彼らに共通するのは、既得権益を背景にした過剰な優越感で、それを脅かすものに対してはヒステリックに反応し、たちまち潰しにかかることだ。

彼らは地域を仕切るエスタブリッシュメントたちで、必要とあらば何時でも手を組む。

そして、「WinWin」の関係を維持してほくそ笑む。

今回の贈収賄事件は、彼らにとって別に珍しくもない「WinWin」の関係だったが、なぜかバレてしまった。

やばい仕事がルーティン化たあまりに、油断を招いたのかもしれない。

彼らと立場を共有するものたちは、きっと「油断」を反省し、身を引き締めていることだろう。
posted by 映画プロデューサー at 16:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月02日

状況と戦略

「映画界が惨憺たる状況になっている」なんて言ったら、「あんたの方がもっと酷いわよ」とカミさんの声が返ってきそうだが、昨夜も考え続けた。

惨憺たる状況すらから疎外されていて、一体、何が出来るのかを。

誰かが言っていたが、「状況に戦略を合わせるしかない。戦略に状況を合わせようとしてないか」ということを思いだし、改めて自分の戦略というものを考えてみた。

まず、はたして自分には、戦略といえるほどのものはあるのか?

ある。

ただ、「一点突破」するための戦略はあるが、その先の「全面展開」の方策がたたない。
だから、ためらっている。

そして、考えた。

「一点突破」と言いながら、状況の外でむなしくもがいているだけではないのか?

あるいは、状況を変えないと先がないと分かっていながら、ただ綿々と執着していないか?

もう、そこではどんな果実も育たないのが分かっているのに。

不毛の地だと断言できないだけなのではないか?

臆病だから。

もう、無益な空戦略など捨て、執着を断ち、新しい地平に向かうべきではないのか?
posted by 映画プロデューサー at 12:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月01日

焼き鳥の軟骨vs虫歯

晩飯に焼き鳥の軟骨を食べていたら、「コリッ」と音をたてて虫歯が折れた。

痛くも痒くもなかったので、しばらくの間、軟骨と虫歯を一緒に噛んでいた。

「えらい硬い軟骨だなぁ」なんて思って、それが折れた虫歯だということに気がついた。
また、貴重な歯を一本失った。

そしてまた、喋るときに空気が抜けて、言葉が聞き取りにくくなるだろう。

折れた歯の写真をこの記事に貼付しようと思って接写撮影を試みたが、実物より何倍も汚く写るので、残念だか貼付を諦めた。

明日まで待って、自然光で撮影する気にはならなかった。

虫歯をチリカゴに捨てたとき、「雪に変わったわよ、ボタン雪」とカミさんが娘に告げる声がした。

台所の窓から外を覗くと、ふわふわしたボタン雪が降っていて、もう駐車場にとめてある車の屋根は真っ白になっていた。
posted by 映画プロデューサー at 20:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

自分の心配をしろ

つい油断して、カミさんに映画会社のシネカノンが倒産したことを話したら、間髪を入れずに「他人のことより、自分の心配をしなさいよ」と言われてしまった。

「もう、映画がどうのこうのじゃないでしょ。みんな食べていけないんだから」とも。

ここに書けないような台詞がカミさんの口から連発されるのを聞きながら、正確に言うと、聞き流しながら考えた。

映画製作プロダクションに続き、DVD収入に依存した配給会社のビジネスモデルが崩壊している。

当然、DVD制作に関わる制作プロにも深刻な影響が及ぶ。

また、テレビ局の広告収入減により、テレビ制作プロのビジネスモデルも壊れつつあり、系列外の映像制作会社は瀕死の状況に陥っている。

「こんな状況で、自分は何をするつもりなのか?」

ちょっと考えたぐらいで、いいアイディアなど思い付くはずもないが、考え続ける。
posted by 映画プロデューサー at 16:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月31日

女は度しがたい

夜はイビられて、まるでサンドバッグ状態だった。

できるだけ早く今居る部屋を出るのがいいのだが、行き先がないから困っている。

今週は一日でも早く行き先を決めねばならない。

でないと、我慢にも限度があり、堪忍袋の緒が切れる。

今朝、A新聞社のYさんから連絡があって、K記者が41歳の若さでなくなったという。

生意気で、大柄て、頭の回転が早く、いかにもA新聞の記者らしい記者で、結婚式にも呼ばれた間柄だった。

酒飲みのYさんらしくもなく朝早い電話で、K記者の直の上司であり、傍目にもK記者を可愛がっていたから、Yさんは本当にたまらんだろうなと思ったが、努めて明るく新しい企画『Takuboku』のことも話した。

「病犬」のこと、「菅野スガの針で書かれた書簡」のことなど。

Yさんと仕事が出来たらいいなと思っている。

九州時代、Yさんは言葉や文章について唯一話せる人で、どんなにか救われたかしれない。

K記者は、親子ぼども年齢が違う僕を煽るようなときもあったが、基本的にいい人だったと思う。

いい人は早く死ぬというのは本当だと改めて思った。
posted by 映画プロデューサー at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シネカノンの倒産はATG、ディレカン並

あらためてシネカノンの倒産を考えてみた。

昨年中に倒産した洋画配給会社のワイズポリシー、ムービーアイ、ザナドゥーと違って、シネカノンは韓国映画の配給などもやっていたが、邦画の製作・配給を主だってやっていた会社である。

かつて、ATG、ディレカン(ディレクターズカンパニー)、角川映画、アルゴプロジェクト、セントラルアーツ、フジテレビのシネスィッチ、奥山ジュニアの映画づくり、ランブルフィッシュがやっていたようなことを、作品数は少ないがシネカノンが一手に引き受けていたようなものである。

大きい小さいはあるが、潮流と言いたくなるようなムーヴメントがあった。

小さいけれど、浮わついていたけれど、これ等の潮流が果たした役割は大きく、日本映画のニオイを醸しだし、熱心な(ニッチ?)映画ファンの支持を得てきた。

DVDの売り上げ減とシネカノンの倒産で、日本映画界の潮流がテレビ局絡みだけになってしまったといえる。

今、日本映画が存亡の危機にヒンしているといってもいいかもしれない。
posted by 映画プロデューサー at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月30日

体重が50キロ台に回復した

今日は土曜日でこれといった予定もなく、午前中は図書館で各新聞と『週刊朝日』『週刊新潮』『サンデー毎日』『日経トレンディー』『中央公論』などを読む。

お昼はレトルトカレー、ゆで卵、ゆでキャベツ、白菜の漬物。

午後は区民センターで考え事をしていたらMさんから連絡があり、高井戸駅構内のドトールで2時間ばかり話をする。

18時頃にはスーパーバリューに行って半額サービスのまぐろの鎌したを買う。

風呂上りに体重を量ったら50,3キロあった。

情けない46.5キロから2週間ほどで、よく食べた成果が出て、やっと50キロ台に増量できた。

あと2キロ増量したい。

posted by 映画プロデューサー at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月29日

孤立無縁

今ほど孤立無縁だったことはないが、ネットとケータイがあるから、無力感を感じることはない。

ただ、疎外感は感じる。

疎外感は自分にとって、「今に見ていろ!」という闘争心をかきたてるから、悪くない感情である。

「見限られている」という認識も悪くない。
「なめたらいかんぜよ!」という気になる。
だから、孤立無縁は悪くない。

今になって、まったくしがらみがない状況の孤立無縁は、願ってもない好状況といえるかもしれない。

違うだろうか?
posted by 映画プロデューサー at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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