2010年03月19日

啄木と無名青年たち


掲載の写真には、前面に石川啄木の第1号歌碑(記念碑)建立にたずさわった青年たちが、その後ろには重量13トンの歌碑が写っている。

逞しい青年たちの笑顔がなんともいえない魅力を放っている。

男っぽい。

歌碑の表には啄木の歌が刻まれている。

やはらかに柳あをめる
北上の岸辺目に見ゆ
泣けとごとくに


mumei-1.jpg
(石川啄木記念館収蔵)

歌碑の裏には、下記の言葉が刻まれている。

”大正十一年四月十三日無名青年の徒之を建つ”

啄木没後、十年目の命日に、写真の若者たちによって建てられたという。

ちなみに、山から切り出された13トンの歌碑は、冬季、200人に及ぶ地元民が協力して、ソリで3日間をかけて運んだといわれている。

近いうちに、この歌碑を訪ねてみたいと思っている。








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2010年03月18日

高井戸⇔下北沢間の定期券

高井戸⇔下北沢間の定期券を持っているが、あまり得したという気はしない。

たとえば、高井戸から渋谷に出るには普通切符で150円だが、定期券を利用したからといって、高井戸→下北沢間が130円なのでプラス20円すれば渋谷に行けるわけではない。

別に下北沢⇔渋谷間の120円が必要で、ほとんどお得感はない。

新宿はもっとお得感がない。

高井戸⇔新宿が普通切符で150円だが、高井戸⇔下北沢間にある明大前乗換えで、新宿まで新たに130円がかかる。

カミさんに不満を言ったら、「馬鹿じゃないの」とあしらわれてしまった。

そんなことは、「常識」だそうだ。

昨日は、せっかく定期券があるのに片道120円かかる吉祥寺に行ってひどく損をしたような気分になったが、今日は、下北沢のヒャッキンに行って皮製の定期入れを買い、えらく得をしたような気分になることが出来た。

今度時間があるときに、高井戸⇔下北沢間の各駅(浜田山、西永福、永福、明大前)で降りて、ぷらぷら散策してみようと思った。

もうすぐソメイヨシノも開花することだし。



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2010年03月17日

テレビ局と東宝の成功モデルが壊れ始めた

美しくない日本映画界の成功モデルが壊れ始めている。

これまでに書いてきたことを裏打ちするような数字になっている。

特に東宝の数字は注目に値する。


邦画3社2010年興行収入 〜2月現在

2月単月
松竹 興収17億9381万1600円(前年比215.2%)「おとうと」推定興収20億円、「釣りバカ日誌20ファイナル」8億円
東宝 興収15億6262万0940円(44.4%)「ゴールデンスランバー」11億円、「BANDAGEバンデイジ」7億円、「食堂かたつむり」3億円
東映 興収10億5817万2900円(123.7%)「交渉人 THE MOVIE」6億円、「今度は愛妻家」5億円、「侍戦隊シンケンジャー VS ゴーオンジャー」5億円
3社合計 44億1460万5440円(88.1%)

累計
松竹 興収28億4132万9600円(136.4%
東宝 興収50億2118万4730円(64.4%
東映 興収32億4289万6550円(265.8%
3社合計 111億0541万0880円(101.9%)



いい気味だなんてまったく思ってないが、以上の数字は東宝内部の何人もの関係者の首が飛んでいいことだと思うのは、おかしいことだろうか。

責任の所在がわからないのは官僚の世界だけではなく、日本のシステム全体に通じる問題だが、映画は博打であるということを言い訳に当たりはずれがあるのが当然だ、ではすまない問題をはらんでいると思う。

・・・備忘録でした。





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2010年03月16日

過去10年間の誕生日の日記

今日、さりげなく62回目の誕生日を迎えた。

このブログに書きたくないような気持ちなのだが、逆に開き直って、直近の過去10年間の日記記事をまとめてみた。


2009年

今日も抜群の春の陽気だった。
で、遅い午後に、多摩川に行ってみた。
昨日、マルタウグイの雰囲気がまるっきり感じられなかったので、気になっていた小田急線多摩川鉄橋下流の堰にチャリを走らせた。

(多摩川の写真がある)

堰のそばに行って写真を撮ったらよかったのだが(コピー)

案の定堰は工事中で、魚道も閉じられているようだった。
これではマルタウグイが遡上できるわけがない。
堰がある下流には数名の釣人が見受けられた。
ルアーマンが2人、フライフィッシャーマン1人、餌釣りの老人が1人で、ルアーマンの一人は午前中にもっと下流でマルタウグイを一本上げたとのこと。

川面を眺めていると時折コイが跳ね、一匹だけ喉のあたりが赤白模様のマルタウグイらしき魚が跳ねるのが見えたので、ちょっとスプーンを投げてみたら何投目かにぐっと重い当たりがあった。
10分ほど格闘して下記写真のコイを釣り上げた。

いや、スレで。

(スレで釣れた鯉の写真がある)

背びれにスプーンが(コピー)

ちなみに、今日は61回目の誕生日だった。

2008年

今日が60回目の誕生日だった。
まさか自分が本当に60歳になろうとは・・・今も多少現実感にかける。
生まれてから毎日毎日が未知の領域を生きているわけだが、すでに数年前から自分が想定外の年齢を生きているという思いはあった。
この年齢になると、体のあちこちに回復の可能性がないガタがきて、この世におさらばする日が近いということを、まるで正確なシグナルのように教えてくれる。
どうあがいても逃れられないよ、と言われているようでもある。
正直、60歳という年齢は厳しい。
気が弱いものには強力な気付け薬が必要だ。
誤解を恐れずに言うと、以前は”見えないドス”を肌身離さず持っていたが、最近は”見えない拳銃”を時折こめかみに突きつけて、気付け薬の代わりにしている。

2007年

今日は東京に初雪が降ったらしいが、僕の誕生日でもあったから、お祝いの初雪と思うことにした。
ただ、その初雪を見ていないから、リアリティに欠けていて、嘘っぽく、騙されているような気分でもある。
それに、最近の気象庁なら、しばらく経ってから「実は、あれは雪ではありませんでした」ってこともあり得るし。
でも、初雪と桜の開花が重なったような、不思議な雰囲気が漂う寒い一日だったが、自分の誕生日としては悪くなかった。

2006年

注:なぜかこの年は「です、ます」調になっている。

携帯電話のカメラで目黒川沿いの桜の蕾を撮りましたが、ちょっとピンボケです。(その写真はカット)
蕾がもう色づいており開花も近いと思われます。
今日は僕の58回目の誕生日で、そして、とりあえず元気です。
毎日どこかに出かけて、出来るだけ人に会うようにしていますが、相手があることだから僕が思うようにことはなかなか進みません。
よく俳優は待つのが仕事だといいますが、僕もいくつかの返事を待っています。
また、待ち時間を有効に利用しようとしていくつかのブログをはじめ、何らかの成果を得ようとしていますが、今のところグーグルアドセンスの売り上げだけです。

ちなみに、昨日から今日にかけての売り上げは5ドル以上になっていましたが、はじめてから2ヵ月半の合計は85ドルぐらいです。
そして、最近読んだ本では、『ウェブ進化論』(梅田望夫著 筑摩書房刊)が刺激的で、とても面白かったです。

2005年

今日は僕の57回目の誕生日だが、個人的にも家庭内でも仕事上でも特別なことはなく、少し暖かくなった事務所で一杯飲みながらこの日記を書いている。
オーディションの問い合わせも一段落して、カミさんと内野君は比較的ゆったりとした雰囲気ながらも準備に余念がなく、プロデューサーの僕がすることは資金調達だけといってもよく、あくせくせずに僕もゆったりと頭をフル回転させている。
午前中はインターネットで調べ物をし、午後は出演してもらう川筋太鼓の事務所、スタッフルームを貸してもらう明和塾を訪ねたり、福岡県庁のSさんから電話でコンテンツファンドの情報をもらったり、その情報を東京の井之原プロデューサーに流したり、ゆったりとした中にも忙しい時間は何度かあった。
ただ言えることは、東京だけが21世紀のリーディング産業を目指していて、地方はいよいよ取り残されつつあるなという印象で、もっともっと、地方の大人の男がしっかりしないといけないのではないかと思う57歳の誕生日だった。

2004年

今日は5月のような陽気だった。
午前中はカミさんと打ち合わせ、午後はT君とNホテルでお茶を飲み、家に戻ってからは新企画『S』のシナリオを書き始めた。
山口のTさんから送られてきた本を読み、夕方からパソコンに向かってキーを打ったが、なかなかこれといったイメージにならず苦労する。
ただ、夕食の前に新しい1シーンを思いついて書いたら、思った以上に流れがよくなった。
この日記は、サッカーオリンピック予選「日本対レバノン戦」を観ながら書いているところで、今、阿部が見事なフリーキックで1点を先取した。
今日は、僕の56回目の誕生日だった。

2003年

今日は日曜日で、朝から家にいてシナリオをいじっていた。
パソコンに向かい、シナリオの細かいところを直しながら、ちょっと時間をおく必要を感じていたら、今日は僕の誕生日だとカミさんに教えられた。
カミさんから言われないと、確実に55回目の誕生日を忘れていたところだった。
夕方になってジャスコに買い物に行き、「誕生日おめでとう」の声もなく(いらないが)夕食を済まし、その後ワインを飲みながらパソコンに向かい、何とか最終的な第1稿を書き上げた。


2002年

『煉瓦屋から』の原稿を一応脱稿し、印刷所に入れることができて、今日は「まえがき」を入れるために若松に行った。
火野葦平の実弟の玉井政雄氏がU氏のために書いた色紙が見つかり、それを表紙などに使用したため、できたら同氏に会って一応了承を得てもいいかと思っての若松行きだった。
菜の花が咲き乱れる遠賀川沿いの道を下り、芦屋の町から海岸を通って若松に行ったが、ゴールデンウィークのときのような陽気だった。
火野葦平資料館で、館長と思われる人に聞くと、玉井政雄氏はすでに亡くなっていた。
家に帰って、ビールを飲みながら直方のびっくり市で買った大きなかつおをたたきにして食べているとき、テレビで東京の桜が咲いたというニュースが報じられた。
同時に、テレビの天気予報は北海道が雪であると報じていて、カミさんと日本は広いなという話しをしていたが、『雪のコンチェルト』を撮っているときのことを思い出した。
その年の3月16日は、白馬から北海道のルスツヘ移動するときで日本海フェリーに乗っていたが、毎日の天候がいつも気になっていた。
そんな話しをしているときに、今日が自分の54歳になる誕生日であることに気づいた。

2001年

今日は朝から福岡へ行った。
天神・岩田屋Zサイド前の「だいせん」というギャラリーで開催されている「横倉建創作展」に赴いて、チョットした撮影をするためだ。
夜は僕の53回目の誕生会を催し、飲みすぎた。

2000年 

今日は52回目の誕生日で、お分かりと思うが何も嬉しくない。
ただ、福岡の石田さんが覚えてくれていたりするし、何も触れないのもどうかと思うので一応形ばかりに触れることにした。
今日のニュースは何といっても、ワープロ変換ソフトを一万六千円以上も出して買ったことである。
早速インストールして試してみたら、筑豊原色図鑑の全文が10分あまりで変換できたのには驚いた。


ちなみに、これまでホームページの日記とブログを書き分けてきた。

昨年のブログはこんなことを書いている。

パソコンのCD-ROMが反応しなくなった

他人事のような言い方だが、きっと日記とブログを書き分ける必要があったのだろう。



posted by 映画プロデューサー at 22:21| Comment(3) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

揺らぎと漂流

2・3日前に鳩山首相が「揺らぎは宇宙の真理で、人間も民主主義自体も同様」という趣旨の発言をして話題になっていたが、正直なかなかうまいことをいうなあと思った。

国や国民をリードする人と自分とを同列に並べるつもりはないが、頭をぶつけては左に行き、またぶつけては右に行き、時には下にもぐったり、苦し紛れに反転したり、62歳にもなって漂流(本人はマッドスルーだと考えているが)している自分の言い訳にしたくなるような対応だった。

それにしても、えらそうに構えていた自民党が凋落した今、揺らいで(ぶれて)いるのに揺らいで(ぶれて)ない振りをするのは、もう一部の官僚(出身者)と大手メディアだけかもしれないとも思った。



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2010年03月15日

クリアアサヒをちびりちびり飲んだ

昔、日本酒をお猪口で飲むようにビールを飲むと酔うという話を聞いたことがあるが、カミさんから恵んでもらったクリアアサヒをちびりちびり飲んだ。

そして、種田山頭火が”酒はすすりながら飲むもので、ビールはあおるものだが、自分は酒をあおってしまう”という意味のようなことを日記に書いていたのを思い出した。

雑酒をすすったわけだ。


posted by 映画プロデューサー at 00:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月12日

3日もすれば何とか慣れるだろう

いつも直感で動いている。

どんどん傾斜していって土つぼにはまることもある。

たまには上に突き抜けることもある。

マッドスルー。

今日は井の頭線の東松原を中心に、世田谷、代田、羽根木、明大前あたりを車でうろうろした。

もちろん遊びではない。

道路が狭く、一方通行が多く、目印がないので何度も同じところを行ったりきたりしてしまった。

天気がよく、暖かいのが救いだった。

明日はもっと気温が上がるという。

明日と明後日もこの周辺をうろうろする予定だが、3日もすれば何とか慣れるだろう。





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2010年03月11日

オンデマンドテレビ『でじゃ』

ひょんなことからオンデマンドテレビ『でじゃ』のサイトを見たらサービスが終了していた。

以前こんな記事を書いたことがあった。

でじゃの社長・棚橋淳一氏が書いた『IT屋』

『でじゃ』の技術は優れているかもしれないが、難しいと思っていた。

映画もつくられたらしいが、どう考えてもコンテンツホルダーに利益が出るビジネスモデルではなかった。





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2010年03月10日

東急世田谷線の電車にはじめて乗った

全国的に寒いようだが、昨日の東京は雪が降るほど寒かったのに、今日は一転して暖かだった。

そんな中、東急世田谷線の電車にはじめて乗った。

京王線下高井戸で世田谷線に乗り換え、路面電車のような2両編成の電車に揺られて世田谷まで行ったが、電車も沿線の街もレトロっぽい雰囲気(乗客も)があり、多少のんびりした気分を味わった。







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2010年03月09日

近所で火事があった

朝、近所で火事があり、消防車やパトカーに加えてヘリまでが飛び交ったが、とりつぶしが決まっているアパートが燃えたらしい。

一人だけ間借り人が住んでいたという。

午後からは新宿西口の新宿エルタワー23階に行き、夕方になって帰るとき、京王線の明大前あたりで雨が雪に変わった。

高井戸のファミリーマートでタバコを買い、環八の横断歩道橋を渡ったが、うっすらと積もった雪で滑りそうになった。

年をとるに従って寒がりになった。

横断歩道橋を渡りながら、こんなに寒いと自殺もしたくないなと突然思った。

せめて暖かい快適なときに・・・なんて。




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2010年03月08日

大化けするかもしれないサイトの企画

今日の夕方、ひょんなことから思いついたサイトの企画だが、そのビジネスモデルを考えているうちに、もしかしたら大化けするかもしれないと思うようになった。

大化けするといっても、何人か(十数名か?)がこのサイトで飯が食えるかもしれないという程度で、そんなに大げさなものではない。

ただ、底辺が広く深く、これからも日々更新され続けていくから、継続性がある。

いくつかの産業に派生し、活性化させ、人々を幸せにする。

成功の条件がそろっているが、弱点は、企画を思いついて、やろうと思えば誰でもやることが出来ることだ。

当面、どう進めるかが問題だ?

勝算がなくはない。

関係企業・団体などの協賛、後援、協力を取り付けさえすれば、他が追随できない可能性はある。

キーワードは『碑』だ。







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2010年03月06日

夜中に眼が覚めるのは嫌だ

久しぶりだった。

昨夜というか、今日の明け方前に布団の中で眼が覚めた。

眼が覚めると同時に頭は冴えていて、寿命が尽きる日が迫っているような不安があり、嫌な感じのまま眠れないで起き出してしまわないといけないかなと思った。

そうなると、寒いし、面倒くさい上に、なんともいえない孤独な時間をかこつことになる。

だが、起き出してタバコを吸うこともなく、4・5分で不安を乗り越え、そのまま眠りにつくことが出来た。

強い意志でコントロールしたわけではなく、開き直ったわけでもなく、スルーしたような感覚だった。

「かまうもんか、こんなこともあるさ」と、死を前にした老人のようにゆる〜い感覚で捉えたと思う。

今回は寝汗をかいて心臓がどきどきするようなことはなかったからすぐに眠りにつけたのだと思うが、夜中に起き出して、台所の食卓のイスに座ってタバコを吸いながら、あるいは酒を飲みながらの時間は辛いものがある。

罪人の心境に近いのではなかろうか。

いや、そのものかもしれない。





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2010年03月05日

子供の世界に親が介入

昔、子供の頃。

子供のけんかに親が介入することがたまにあった。

「しかけに行きなったちばい」とよく聞いた。

けんかでやられたほうの親がやったほうの家に押しかけていくことで、親同士のけんかに発展することもまれにあったが、だいたいはやったほうの親が謝ってすんだ。

よほどひどいときは警察沙汰になるので、この手の話では治療費の請求とか慰謝料とかに発展することはなかったようだ。

ただ、親が介入すると厄介であり、長い間しこりとして残ることもある。

今日のこのニュースを見て、子供の頃のいくつかの出来事を思い出した。

愛子さまが「乱暴」で学校お休みに

けんかではないようだが、親だけではなく国までが介入する事態となっている。



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2010年03月04日

虫のいいことを考えながら出版社を探している

出版不況といわれるが、小説にしたい企画があって出版社を探している。

知っている出版社(数社)がなくはないが、これまでの出版物を見てみると僕が書きたいものと微妙に(明らかに?)方向性が違う。

大手出版社は敬遠している。

本格的な小説家になるつもり(才能)がないし、敷居も高そうだし、小回りもきかなそうだから。

ワンソースマルチユースを最大限に拡大したいという考えがあり、その考えを共有出来る出版社を探しているのだ。

で、「この記事で、どこかの出版社からコンタクトがあったらいいなあ」なんて虫のいいことを考えながら、このブログを書いている。

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2010年03月03日

石川啄木の凄みに煽られて

最近のわが国関連の出来事や人に凄みを感じることがない。

政治も、経済も、ITも、文学も、音楽も、映画も、バンクーバー冬季オリンピックでも。

宮里藍の米ツアー開幕2連勝には凄みを感じないではないが、テレビ中継もなくよくわからない。

もちろん自分も例外ではない。

凄みどころか、見苦しいと思うことさえある。

このままで良いわけがない。

その点、数え年27歳で亡くなった石川啄木は凄みがある。

啄木に煽られながら、いまのところ毎日を送っている。



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漫画が描ける人

キンドルやipadの登場でネット上がざわざわしているような気がしていたが、池田信夫氏の記事「電子出版はすでに始まっている」や自著を全面公開している角川歴彦氏のサイトを見ると、風雲急を告げるという雰囲気すら感じられる。

今日、荻窪でI君と会い、そんな話をした。

劇場用映画やテレビ番組にこだわらず、もっと自由なコンテンツの製作を模索してきたが、やっとその時期が来たのではないかと思っている。

一人で出来ることは限られているが、二人とか三人になると格段にやれることが拡大する。

気が合う人との出会いが必要だ。

今は漫画が描ける人と出会いたい。





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2010年03月02日

生キクラゲは美味しい

昨日、近所の緑地で木耳を採取したことを書いたが、この記事はその続きである。

部屋に戻って、ズボンのポケットから一握りの木耳を取り出して水道水で洗い、その一部を刻んでお昼のインスタントラーメンに入れて食べた。

きわめて美味だった。

今日は晩飯のメニューに組み入れて家族で味わった。

ごま油でみじん切りのねぎを炒め、そこに木耳とモヤシを入れてあらかた火が通ったところに溶いた卵を加え、最後にソースをまわし入れるという料理だった。

生キクラゲだからこそやれる料理だ、と思った。

歯ごたえが他に替えがたい。

まだ大半をとり残してあるが、どうしよう。

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啄木の『渋民日記』より

啄木の『渋民日記』を読み終えた。

日本一の代用教員と称した時代(数えの19歳ごろ)の日記で、家族を抱えて極貧の生活をおくる日々がつづられているが、啄木の教育に対する考え方が明確に伝わってなかなか面白かった。

一部を抜粋

貧の辛さがヒシヒシと骨に泌む。

古人の教育と今人の教育の相違は、要するにその標準の相違である。古しへは「大」を標準としたが、今は「小」を標準としている。されば、古人の教育は偉人を生み、今の教育は、天才を殺して平凡なる人形を作っている。


啄木の時代からさらに100年が経過した今、教育は一体どうなっただろうか。

posted by 映画プロデューサー at 17:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年03月01日

3月になってきくらげを見つけた

もう3月になってしまった。

朝から区民センターの談話室に行ったが全館休みで、しようがなく近所を散策しながら考えごとをした。

昨日の雨で町全体が湿っぽく、多少暖かく、もしかと思ったらやっぱり見つけることが出来た。

ちょうど食べごろのアラゲキクラゲだった。

雨水を吸い、ぷっくりしている。

ケータイで写真を撮り、ラーメンに加える分量ぐらいを失敬してポケットに入れた。



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2010年02月28日

ガマをチャリで轢きそうになった

昨日まで暖かく、今日は雨で多少寒かった。

テレビはチリ地震による津波報道で明け暮れていた。

日中は、部屋と区民センターを行ったりきたりしながら啄木関係の本を読んだり、今後のことを考えたりしていた。

夕方になって安売りがあるSVにチャリで行った帰りに、住宅街の道でこぶし大ほどもあるガマを轢きそうになった。

カエルの仲間のガマだ。

こんな寒い季節に冬眠から眼を覚まして出てきたのか、ペットとして飼われているのが逃げ出したのかはわからないが、道路の真ん中に鎮座していた。

あわててチャリのハンドルを切って難は避けたが、ガマはほんの少し首を傾げただけだった。

ガマをやり過ごしてずっと以前のことを思い出した。

福岡市郊外の油山にある施設を訪ねたときのことだ。

初夏のことで、生暖かく梅雨の前触れのような土砂降りの雨が降り始め
た午前中、カーブの多い山道に差し掛かったときおびただしい山ミミズ
の群れに出くわした。

割合広いよく舗装された二車線の道路は、両サイドの藪から出てきたと思われる数千匹の山ミミズに覆われていた。

30センチに及ぶ青い体長の山ミミズがくねくねと車の進路を阻み、思わず車のブレーキを踏んでその光景に見入った。

施設長との約束時間を少し過ぎていた。

そのおぞましい光景に向かって車を走らせた。

おびただしいミミズをタイヤが轢きつぶし、スリップしてハンドルが取られそうになった。

山ミミズの群れは施設の前まで数百メートルにわたってあふれていた。

生き物を轢いたり、足蹴にしたり、踏み潰したりするのはとてもいやなことである。

季節の変わり目にはカエルや山ミミズだけでなく、きっと人間も何かをしでかすのだと思う。

posted by 映画プロデューサー at 23:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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