2007年02月26日

邪魔になるキーワードマッチ広告をはずした。

このブログを書き始めて1年以上が過ぎたが、これまでキーワード広告をはずす方法がわからなくて、邪魔になるがそのままほうりっぱなしにしていた。

今日、あんまりうるさく感じられるので、再度チャレンジしたら簡単にはずすことができた。

ずいぶんすっきりした。

記事下の広告もはずしたいが、無料ブログなので「キーワードマッチのみ」か「記事下広告のみ」か「キーワード/記事下」のどれかを選択しなければならないようで、すべての広告をはずすのは無理なようだ。
posted by 映画プロデューサー at 14:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

青空文庫と100円ショップのダイソーの関係

これまで知らなかったけれど、100円ショップ”ダイソー”の書籍のテキストは”青空文庫”だという新聞記事を読み、複雑な思いにとらわれている。

ダイソーは、青空文庫のボランティアが著作権が切れた(あるいは放棄された)小説などの作品を手作業によってデータ化しネット上に公開したものを、勝手にコピペ(無料)して製本化し、自社店で販売しているらしい。

青空文庫は、大勢の青空工作員という名のボランティアの大変な労力と時間が費やされて成立しているが、ダイソーは、ちゃっかりと、ノーリスクで、「労力」と「時間」を我が物にしているというのだ。

これについて、「人の善意を勝手に利用するな」とか「ネット上の文章より、紙の書籍にしたほうが読みやすい。ダイソーの勝利だ」など、さまざま意見が出ているともいう。

「盗人みたいだな、ダイソーは!」と言うことも出来そうだが、最終的に消費者の利益になるということが正しいとすれば、青空文庫のボランティアたちはたまったものではないかもしれないが、ダイソーはよくやっている(思いついた)と言えるのではないか。

確かに、紙の書籍のほうが読みやすいからだ。

それにしても複雑な思いだ。

ダイソーが青空文庫に寄付をしたり、メインスポンサーになれば問題が解決するわけでもなさそうだし。

最近、これが気になっていることで、自分の中で解決できないでいる。

青空文庫
ダイソー

青空文庫とダイソーの関係は、どちらも悪くない組織で人々の役に立っていると思うが、ネットの出現によって引き起こされた、新しい厄介な問題をはらんでいる。

これに類するようなことが続出する予感がする。
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2007年01月01日

謹賀新年〜今年はサバイバル〜

インターネットに耽溺していると、この世界が未知の無法地帯であり、サバイバルゲームではなくリアル世界そのものであるということを認識させられることがある。

耽溺していないとわからないことだと思う。

水に溺れてみないと、本当に水を乗り切る方法はわからない。

その世界に足を入れないと、その世界のことは分からないということだと思う。

佐々木俊尚氏がCNETJAPANで、「これを読めばすべてわかるっていうブログはないんか?」という記事を書いておられたが、僕が知っている多くの経営者やリーダーたちもおおむねそんな心境だと思っている。

そんなに、手軽にわかる世界ではないのに。

身支度をして、腹を据えて、飛び込んで、翻弄されながら、必死になって泳ぐから、はじめて理解できることだから。

成功した人は、いや、これまでに死なずに生きて来れた人たちは、少なからずルーティンワークぼけに陥っている。

経験の少ない若い人たちですらそうかもしれない。

自分が溺れていることの認識もなく。

僕の世代の大半は、特に年金がある人は、このままやり過ごそうとしているように見える。

正月早々からこんなニュースだ。
「団塊マネー」が景気に追い風?=消費に注目−07年日本経済

まるで、団塊世代はサバイバルゲームの獲物だ。

いや、これはゲームではない。

突破口を見つけるのは楽ではない。

でも、手がかりをつかんだかもしれない。

突破口の先が、本当のサバイバルの世界かもしれない。

そんなことを考えながらこの記事を書き、これから明治神宮に初詣に行こう。
posted by 映画プロデューサー at 11:58| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年11月16日

日本プロ野球が、優秀なコンテンツとしての役割を終えようとしている

レッドソックスが60億円の入札額を提示し、西武・松坂の大リーグ入りがほぼ決まった。

スポニチなどが移籍金を一時16億円などと報道し、マスコミが噂話に振り回されているのではないかと思われたが、これでやっと決着したようだ。

入札額は松坂本人も驚いたという破格の60億円、西武球団はホクホク、日本人の自尊心も保たれ、シャンシャンという結果に終ったが、これで日本プロ野球はまた一歩衰退への道を進んだことになる。


以上は今日の日記だが、僕は日本プロ野球の崩壊がこれでまた加速されたと思っている。

巨人戦が視聴率を取れない。

当たり前だ。

松井がいない。

日ハムから小笠原が入団しそうだが、それでは何の解決にもにもならないだろう。

もう、巨人そのものに関心がないのだから。

新庄が引退し、小笠原が出たことによって、日ハムの来期は惨憺たる結果(成績だけではない)になるだろう。

巨人が、もう数年前から他球団の足を引っ張っているということに、誰も気づいていないということが問題なのだ。

こういう言い方もできる。

テレビ史上最高のコンテンツであり続けた日本プロ野球が、視聴率もとれずに明らかに崩壊しているのに、見て見ぬ振りをしているのか気づいていないのかわからないけれど、テレビ局も日本プロ野球を見殺しにしていると。

日本プロ野球の問題はテレビ局の問題であるはずで、本当は、国民の問題であるはずだと思うが、誰もなにも言わない。

たかがプロ野球だと、関係者が思っているからだ。


僕の考えを、最近の日記から紹介する。


松坂の大リーグ移籍金が16億であろうが45億円〜53億円であろうが、一般国民には関係ないことだからどうでもいいというわけにはいかないと思う。

いや、松坂投手の大リーグ移籍は国民的問題なのではなかろうか。

西武・松坂投手の大リーグ移籍が、日本プロ野球消滅を加速度的に早めることになる可能性があるからだ。

国民的スポーツとして長年の間国民に親しまれてきたプロ野球が消滅するとなれば由々しき問題で、少なくとも、そのリスクに見合った、しかるべき移籍金で、松坂には大リーグに行ってもらわなくてはならないのではないか。

松坂の大リーグ移籍問題は、実は日本人の自尊心に関わる問題でもあるのではないか。

少なくとも僕にとっては。

大リーグが、世間が驚くような移籍金を積んで松坂をメジャーリーガーとして迎え、厳かに日本プロ野球衰退への引導を渡したという図式が、せめて欲しいというのが僕の今の心境なのだ。

もう、僕の中では日本プロ野球はなくなっているが・・・残念。


阪神の井川投手も大リーグに移籍することが決まっているし、日本プロ野球がつまらなかったら大リーグを観ればよいといいますが、そんなものなんでしょうかね。

ガラガラのスタンドでビールを飲みながら、日本マイナーリーグを観戦する楽しみは残っているが。


アメリカの州でもないのに・・・こんな楽しみ方しか提供できない、日本のコンテンツビジネスそのものに問題があるといえないだろうか。


一杯飲んで、多少疲れて書いている。

元気がいいときに改めて書き直そうと思ったが、この記事でアップする。

情けない、日本のコンテンツビジネス。

「松坂を60億円でとって、経済的にあうのだろうか?」と、一般人が疑問に思うことを、テレビが疑問に思っている。

情けない。

posted by 映画プロデューサー at 00:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年10月29日

強力な毒性を持つ虫は、蛾だろうか?

昨夜、眠りこけている深夜、強力な毒性を持つ虫に刺された。

酔っ払って爆睡しているから、刺されて強烈な痒みに襲われるが目は覚めず、「痒い、痒い、痒い」と意識の奥で思いながら、目が覚めるまでひたすら患部を掻き続けていたのだった。

朝起きたら、眠っていたときの記憶が即座によみがえり、刺された手を見るともう相当腫れあがっていた。

まだ痒く、痛みが伴った痒みになっている。

仕事に出かけようとしているカミさんに「こんなに腫れている」といったが、カミさんは一瞥も与えることなく、軽く「そうね」と答えて出て行った。

「それが何?人の生き死にに関わることでもなし」といったところか。

刺された左手は赤く腫れあがり、赤ちゃんのような、あるいは知り合いの小太りのおばちゃんのようなふっくらとした手に変貌していた。

痒くて、痛くて、不快だが、多少こっけいでもある。

虫に刺された患部
刺された朝の患部付近


正常な手
刺されなかった右手


虫に刺された患部2
より腫れあがった夕方の患部付近







蚊とは考えられず、ムカデでもないし、帰ってきたカミさんによると蛾ではないかとのことであるが、こういうことに詳しいはずの自分にもよくわからない。

刺されて20時間近くが経過したと思われるが、痒みも痛みも一向におさまりそうになく、手の甲はパンパンに張っている。

もう、キンカンも残り少ない。

posted by 映画プロデューサー at 21:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月07日

ドストエフスキー全集『白痴』の創作ノートから発想した

先日、ドストエフスキー全集で『賭博者』を40年ぶりに読み直して、やっぱり「すごい!」と書いたが、同全集に一冊の文庫本に相当する量の『白痴』創作ノートが幣録されていて、それを読みながらまた圧倒されてしまった。

最近では小説作品の創作ノートなんかを見ることもなく(創作ノートが発表されるような作品がないということではないと思うが)、そのような存在さえ忘れていたが、新たなものを作り出す作家の真摯な努力とエネルギーを感じ取ることが出来て面白かった。

ドストエフスキーは決して創作ノートを世間に発表するために書いたのではないと思うが、あるいはドストエフスキーだから本来ならば引き出しの奥のほうに直しこまれているものが表に出てきたといえるのだと思うが、堂々と表に出せるような創作ノートがある作品を作りたいと思う。

ところで、映画にはメーキングビデオがあるが、メーキングビデオには「本編」よりも面白いものがある。

コンテンツ不足のインターネットテレビは、「本編」よりメーキングビデオを充実させたらどうだろうか。

「本編の宣伝」という名目であれば著作権問題もクリアしやすいし、古い作品でもテキストや写真を集めて編集すると膨大な数のメーキングが出来ると思うのだが。

「日本映画監督全集」で監督を特集してもいいし、「世界監督全集を」を作ったら売れると思う。

企画書を作って、自分でやったほうが早いのかなと思った。

どこか、この企画に乗りませんか?
posted by 映画プロデューサー at 21:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

渋谷紀伊国屋のIT関連の書籍コーナーがなくなっていた

五反田図書館から目黒不動の方を歩きながら考えていると、ふと第2次ITバブル崩壊がまもなくはじまるのではないかという気がしてきた。

いや、もう始まっているのかもしれない。

昨日、渋谷の紀伊国屋書店に行ったら、IT関連の書籍コーナーがなくなっていた。

今年はじめに出版された『Web進化論』(梅田望夫著)が、普段ITに関心のなかった知識層まで取り込み、『Web2.0』とか『ロングテール』などを一般のマスコミも扱った。

だが、もう普通になっている。

すでに、『YOU tube』など動画共有サイトがゾクゾクと登場したが、それももう日常的な普通のことになっている。

そして、ブログはおろかWeb1.0すらよく知らない人にとっては関係すらないことで、ごく一部の層のフィーバーだったのでないかと思えてしょうがない。

もう人々は、コンテンツの質にしか関心がなくなっている。
posted by 映画プロデューサー at 18:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月24日

「墓地内無断埋葬禁止 墓地管理人」

偶然見つけた石碑。

石碑には「墓地内無断埋葬禁止 墓地管理人」と刻んである。

あるとき、東京のA新聞社の記者とカメラマンを案内したことがあり、僕はここに生まれた者として、連れて行ってはいけないところに案内したのではないかと感じた。

記者も、カメラマンも深く首をたれただけだった。

今日、初めて僕はこの石碑を公開した。

PIC_0009.JPG
posted by 映画プロデューサー at 23:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

40年前のUFO(未確認飛行物体)

明け方までしのつく雨が降り続いていた。

僕とMが家を出るときには雨が上がっていて、自転車で遠賀川に架かる川島橋を渡るころには秋の空は真っ青に晴れ渡っていた。

特別深い理由はなかったが、毎朝、ほんの少し遅刻して登校するのが僕らの日課だった。

真新しい帽子をやすりでこすったり、マーガリンを塗って汚したり、カギ型に破ってミシンの縫い目をつけたりするのと同じような、あるいは毎日吹き出る不快なにきびのような、田舎の高校生の他愛ない自己主張のひとつだった。

先生に何かいわれたら、頭を下げて「すいません」の一言ですむような、それでいて毎朝のことだから、双方に一触即発で爆発するような苛立ちを含んでいた。

日常が日常でそのまま続いていたら、どこかで思わぬ爆発が起きて田舎の人たちを震撼させるような事態が発生することもあったかもしれないが、青空を水澄ましのように飛行する銀色の飛行物体が、僕とMを危険レベルに達しそうな退屈から開放してしまった。

銀色に輝く物体は、僕らの頭上で幾何学模様を描いて飛行し、停止し、そして青空に突き刺さるように吸い込まれていった。
posted by 映画プロデューサー at 22:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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