2007年03月18日

”「梅田望夫氏とLingrで語る」”が面白かった


梅田望夫氏の試み”JTPAオンラインサロン「梅田望夫氏とLingrで語る」”が面白かった。

数日前まで現在進行形で参加するつもりでいたが、すっかり忘れていて、今朝、梅田氏のブログを見て思い出し、まとめサイトを読んだ次第。

http://d.hatena.ne.jp/usukey/20070317/1174131749

とても面白かったが、画期的なことではなかったと思う。

なぜなら、10年前からチャットはあったし、ここでやり取りされているようなことはすでに行われていたからだ。

ただ、世界中から150人に及ぶ参加者が一堂に集結した試みは、ブロードバンド環境など技術的進歩もあり、穏やかで、建設的で、和気あいあいで、これから何度も開催されたらいいなと思った。

もう少しいうと、YouTubeの出現によってインターネットの可能性は限界まで達しており、それを利用して何ができるということもあるが、すでに、人間としての成熟が求められる次元にいたっているのではないかとの印象を持った。

もう便利さがありがたいものではなく、当たり前になって、PCもケータイもたいして新しいことは提供できないというか、進歩と停滞が一緒に来てしまったような。

もっというと、かつて東西の壁を取り除くことを加速させたツールは、エリアを越え、人種を超え、宗教の壁を突き破るような方向に向かっているのではないか、と思わざるを得ないような。

そういう意味において、きわめて面白い試みで、画期的だったといえるのかもしれない。

梅田望夫氏のブログ
My Life Between Silicon Valley and Japan

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2007年03月08日

もう、「Second Life」なんかに、ユーザーは騙されない

鳴り物入りで日本に上陸してきた「Second Life」について、何の魅力を感じることもできず、これまで一度も記事にしたことがなかった。

今朝、ITmediaで「Second Life“不”人気、7つの理由」という記事を読んだが、ヤフーでもこの記事を取り上げていたので書くことにした。

Second Life“不”人気、7つの理由 (1/3)
Second Lifeに関する報道が一般紙などにも掲載され、日本企業の参入も相次いでいるが、日本人の登録ユーザー数は多くない。「何が面白いか分からない」と、すぐにやめてしまうユーザーも多く、話題先行の盛り上がり方は“空騒ぎ”にも見えるが──。


1ヶ月ほど前に、同じITmediaで「電通とデジハリがSecond Life研究会」という記事も読んでいた。

電通とデジハリがSecond Life研究会
電通とデジタルハリウッド大学院がSecond Life研究会を発足。仮想世界でのマーケティング活動に関心を持つ企業から参加を募り。情報交換や課題を検討する。


この記事を読みながら、電通とデジタルハリウッド大学院ともあろうものが、”Second Life研究会”を発足させるなんて恥ずかしくないのかな、と思った記憶がある。

”Second Life”が何の魅力もないことは、みようみまねでホームページを作ったり、チャットや掲示板にのぼせたり、ブログやYouTubeをやったりしてきたインタネットヘビーユーザーなら、専門家でなくとも、はじめからわかっていたことだからだ。

ミクシィなどSNSも踊り場を迎え、よほど新しいこと(少なくともYouTube以上の)を提供しなければ、誰も食いついてこないことは見えているのに・・・そのとき、電通もデジハリも底が割れてしまったと思ったものだ。

もう、一部の専門家ぶった者たちが、ユーザーを騙す時代は終わったと、思い知るべきなのだ。

ゴーストタウンの作るのならまだ可能性がある。

あるいは、セカンドライフの意味を第2の人生とかもうひとつの人生とは捉えずに、死後の世界を演出するエンドレスライフとでもしたほうがよいと思う。

死は誰にでもやってくる。

死後の世界を生きるすべがあれば、ユーザーはお金に糸目はつけないかもしれない。


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2006年12月21日

『ウェブ人間論』から竹林の隠者富士正晴氏の『雑談屋』へ

昨日書いた記事「『ウェブ人間論』から竹林の隠者富士正晴へ」で、富士正晴氏の『雑談屋』という記事のことが気になり、図書館に行って富士正晴氏のことを調べてみた。

あった。

富士正晴作品集(岩波書店)の巻4に『雑談屋』が所収されていた。

初掲載は『往生記』(1972年8月)とあるが、僕は文芸誌で読んだからこれより少し前のことだと思う。

僕が20歳になったばかりのころで、毎日朝から晩までというか、昼と夜がひっくり返っていて、夜通し本ばかり読んでいたが、とても面白いと思った記憶がある。

少し読んだら思い出した。

竹林の隠者は、思いつめたようなところがなくて小説が書けず、雑文を書いて飯を食い、雑談ばかりしている。

五月からランニングシャツとパンツ、時にはパンツだけでくらしている。来客があるとズボンをはく


そんな毎日で、三畳の部屋に安酒などを携えてひっきりなしに来客があるらしいが、肴は隠者が用意しているようだ。

何事もアホクサいが、雑談だけはアホクサくない。スメルジャーコフとかいうドストエフスキーの小説中の人物が「賢い人としゃべるのは面白い」となにやらおどしをこめてしゃべるところを記憶しているが、そのような汚らしい色合いなしに、私は賢い人としゃべるのは面白い。もっとも賢い人というのは大学卒業の偉い人とばかり極まっていないので、日本舞踏家とか、寄席の下座とか、お茶子とか、そのような小学校だけというような人たちにもずいぶん賢い人がいる。百姓のおかみさんにもいる。大体賢げな七ムツカシイことをいう人よりも、このような生活派のほうが面白い話をするから、この方がよいのかも知れない


来客の多くは、隠者の話を聞きにくる。
隠者は、相手の意向に沿って適切な話をし、相手の研究を大きく伸ばしてやろうとそれなりに努力をするが、一向に雑談料を払うところまでには至らない。

「しかし、あんたのところにはよく若い人が来ますなあ」と小粂がいった。

「そない言うたて、君みたいな人かて来てるやないか」

「僕もちょいちょい来ますけど、しかし、みんな何しにこんな不便な遠いところまで、御苦労にくるんでしょうな」

「知らんなあ。雑談に来るだけやろ。雑談の相手して金がもらえるねやったら、大分助かるんやがね。弁護士みたいに金がもらえるとええんやが、雑談屋というような商売はなさそうやなあ」

「面白い話をしても、落語家ならギャラになりますけどな」

「何でやろかしらん。おれと喋ってると面白いいう人はおるけれど、面白いからというて聞きちんは払わんな」

「僕も面白いと思う方ですけど、酒ぐらいは持ちこむけど、聞き賃は払おうと思わんですなあ」

「こら君でさえそうならあかんわ。君は俺の応援団長や。団長がそれならみんな払いよらんわ」

「何でしょうなあ。払う気になってもええ筈なんやけど。・・・しかし、ならんですなあ、そんな気に」

「落語には筋があるし、稽古もしている。つまり努力があるなあ。みんな認める。しかし、雑談にはそれがないなあ。それで、金払う気にならんのかなあ。ああ、面白かったで、しまいや。先に木戸銭とらんとあかんのや。面会料とかいうて」

「そんなもんとったら、僕でも来んようになりまっせ」


なんだか、今のインターネットにおける状況に似ていなくもない。

『ウェブ人間論』(梅田望夫氏と平野啓一郎氏の雑談「対談ともいう」)から、富士正晴氏の『雑談屋』に飛んでしまった。

真意が伝わったかどうか自信がない。

また書こう。
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2006年12月20日

『ウェブ人間論』から竹林の隠者富士正晴へ

一昨日に書いた「『ウェブ人間論』(梅田望夫、平野啓一郎 新潮文庫)を読んで」を読み直して、梅田さんからいろいろ教えてもらっている身としては、多少言い過ぎたような気がしてすぐに新たな記事を書き足そうと思ったが、シーサが長時間のメンテナンスにはいっていて今になってしまった。

さっき読み直したら、そう悪いことはいってないと思った。

というか、よくもまあというか、35年以上も前に読んだ富士正晴氏の一文『雑談屋』を思い出したものだと、われながら感心した。

その一文は文芸誌に書かれたもので、タイトルが『雑談屋』だったと記憶しているが、他のタイトルだったかもしれない。

当時、富士正晴氏は関西にある竹林の中に住まわれていて、竹林の隠者のような生活をされていて、そのころの日常雑感を書かれたものが『雑談屋』だったと思う。

竹林の隠者のもとには毎日のように人が訪ねてきて、文学のことや世界のことなどを語り合って多大の時間を過ごすことになるが、その雑談(謙遜されて)をもって雑談屋という職があったっらいいよなというような内容だったと思う。

若い僕らもそんな時間を大量に消費していたが、僕らと違って、富士正晴氏は偉大な雑談屋として遇されてしかるべきだなどと思ったことがある。

この伝でいうと、『ウェブ人間論』は本来竹林の中で繰り広げられていた会話だったのではないか。

どこで行われた会話かはわからないが、竹林の中での会話に伴う興趣に多少かけ、雑誌の対談に新たな対談を付け加えて新書本にしたということで新規性にかけていたのではないか。

いや、『ウェブ人間論』はインターネット上でこそ語られるべき会話ではなかったのか。

旧来のメディアによって商品化するのではなく、インターネットの出現によって、富士正晴氏が言うところの雑談屋が職として成立することを証明するような試みにはできなかったのか。

というような想いがあり、不満だったのだと思う。

と書いてきて、まだ書ききれていないようだ。

歯切れが悪い。

また書こう。

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2006年12月18日

『ウェブ人間論』(梅田望夫、平野啓一郎 新潮文庫)を読んで

やっと『ウェブ人間論』(梅田望夫、平野啓一郎 新潮文庫)を読んだ。

面白かったが、池田信夫さんがいうように、多少物足りなさが残った。

僕は『新潮』を読んでいただけに、

池田信夫氏のブログから、
今月も、手嶋龍一・佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』(幻冬舎新書)、梅田望夫・平野啓一郎『ウェブ人間論』(新潮新書)というのが出た。それぞれ単独の著者としては悪くないのに、おしゃべりになると緊張感がなくなり、情報量が格段に落ちる。それでも手嶋・佐藤本のほうはまだ新しい情報があるが、梅田・平野本のほうは中身の薄い「ウェブ世間話」が延々と続く。平野氏が持ち出す消化不良の「ポストモダン」的な問題提起に梅田氏の話が噛み合わず、議論がまったく深まらない。


でも、面白いところはいっぱいあった。

でも・・・である。

冗漫だった。

『ウェブ人間論』に関して、江島健太郎氏のITmedia Newsの「グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている」という記事が面白かった。

「ぼくは、梅田望夫という御仁は狡猾だな、と思う。グーグルのことをあそこまで絶賛し、脳味噌にコケがむしかかった日本中のマネジメント層にガツンと一発くわせておきながらその一方で、ちゃんと「グーグルが次の10年以降も主役かどうかはわからない」と念押ししてあるじゃないの。」

江島氏は平野氏と同級生であり、梅田氏の真意を知り、プログラマーとしてのアイデンティティをいつも問い続けている。

梅田望夫、平野啓一郎、江島健太郎、池田信夫の対談で一冊の本ができるような企画があったら面白いなと思った。

いや、ネット上でページ数に関係なく、延々と続くようなコンテンツがあったら面白いなと思った。

それに、もう一人二人加えたい人物もいる。

と思いながら、ちょっと違うかもしれないと思った。

梅田望夫と平野啓一郎だからよかったのかもしれないと。

江島健太郎や池田信夫が交わると、逆に世界が小さくなる。

もう一人二人を加えると、つまらなくなってしまう可能性がある。

賛否両論があるということはとてもいいことかもしれない。

そして、僕なりに思った。

『ウェブ人間論』は新潮社の新書などではなく、『新潮』という雑誌での対談であったり、インターネットでのやり取りであったほうがいい内容だったのではないかということだった。

それが数時間とか丸一日の対談であっても、へとへとになるほど内容が濃いように見える時間であったにしても、新書にするという方法論がダークサイドに堕ちているのではないかと思った。

お喋りをコンテンツ(ビジネス商材)にすることは難しい。

ずいぶん昔に、富士正晴氏が『雑談屋』というエッセイを書いていたが、今も、雑談を語ることで禄を食むのは難しいと思う。

江島氏にも、池田氏にも、『ウェブ人間論』は単なるおしゃべりに見えたのかもしれない。

僕にも。

『ウェブ人間論』は、『ウェブ進化論』という梅田氏の名著に対する、読者代表平野氏の「Q&A」といった新書本と言えなくもない。

こう書きながら、いっぱい飲みながら書いているので、とても失礼なことを書いているのではないかと多少不安である。

でも、そう思っている。

大手出版社の頭のよさと、その限界が見えているともいえる。

その大手にのっかた二人、ではないか。

また明日、酔いがさめたところで書こう。

こんな文章になるとは思わずに書いている。

新書の限界。

手軽すぎる。

本にする必要がない。

そこをみんな感じているのではないかと思っている。
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2006年11月28日

梅田望夫氏と平野啓一郎氏によって文学の世界が広がっている

梅田望夫氏と平野啓一郎氏の対談が本になるらしい。

雑誌『新潮』で両氏の対談を読んだことがあるが、その対談に加えて新たな対談を催して、新潮社から『ウェブ人間論』が12月に出版されるらしい。

『ウェブ人間論』のサイトを見ると、”「ウェブ進化」によって人間はどう変わるのか?異分野の二人が徹底討論!”とキャッチコピーがあったが、”異分野の二人”という表現が気になった。

そうだろうか?

異分野なのだろうか?

少し前に、梅田氏が「文体」について興味深いことを書かれていたが、文学において「文体」のことが最近書かれたことがあったろうか・・・不勉強で僕が知らなかっただけのことかもしれないが。

いや、もうすでに文学を語る文学界というものがなくなって、エンターテインメントだけになっていたのではないか。

梅田氏の著書やブログを覗いてみるとわかるが、ここで語られていることは、本来文学者が語るべきものだと思われることばかりだ。

つい最近、梅田氏の影響が大きいと思うが、平野氏がブログ(はてな)を始められた。

読んでみたが、内容も面白いし、とてもいいことだと思う。

古臭くなったと思われた文学が、Web2.0時代を迎えて復活の可能性がある。

お二人の急接近で。

「文学は死んだ」のではないかと思うときもあったが、文学という分野がなくなったのではなく、文学という概念がITが提供する未知なる世界に取り込まれることで、むしろ広がりはじめたのではないかと思われる程だ。

異分野ではなく、すでに梅田氏と平野氏は限りなく近い位置に属しているといえる。

お二人の急接近は、これからの批評家(あえて文芸評論家とはいわない)と小説家のよい関係を暗示している。

異分野と思われていたお二人がいい意味で侵食しあって、新しい文学者として徹底討論を始めたというほうが、もっと大きな世界を示しうるのではないかと思う。

もう文壇は必要ない。

いや、すでに存在しないかもしれないが。

『ウェブ人間論』のサイト
http://www.shinchosha.co.jp/wadainohon/610193/preface.html
梅田望夫氏のブログ
http://d.hatena.ne.jp/umedamochio/
平野啓一郎氏のブログ
http://d.hatena.ne.jp/keiichirohirano/
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2006年11月27日

まもなくWeb2.0バブルがはじけると思っている

今日、福岡のKENTさんと長電話をした。

KENTさんは僕より17歳年下で、KENTO!JAPANという格闘技サイトを管理・運営していて、もう10年近くパソコンとインターネットだけで生計を立てている。

KENTO!JAPAN
http://www.prowrestle.tv/

KENTさんは僕のインターネットの先生でもあるが、その若い先生に、年長者面して長々とアドバイスをした。

「リアルとテレビで放送されない動画をもっと積極的に取り入れるべきだ」と。

リアルは地域サイトの開設および充実と店舗(これはKENTさんから出たが)を持つ、動画は地域の人たちが撮ったものの有効活用などで、僕らが8年ほど前に話していたことで何も目新しいことではない。

他にも話をした。

2000年はじめにホームページ主体のWeb1.0バブルが崩壊し、今Web2.0といわれるSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)バブルがピークに達し、すでに崩壊に向かっているのではないかなどなど。

書店のネット関係の新刊書を見ると、いまだにWeb2.0関係の書籍があふれている。

ただ、Web2.0の説明書的書籍が多かった夏以前に比べて、Web2.0によって社会が経済がどう変わっていくのかというものが多いように思った。

それらの書籍をざっと見てみると、Web2.0によって変化するプラスとマイナスがことさら強調されていて、本を売るために必要以上にエキセントリックなものが多かった。

今は、『Web進化論』(梅田望夫著)以上のものがない。

『Web進化論』が発端で、それがピークで、すでにWeb2.0は下降しているのに、類似書籍が出版され続けるのは、バブル崩壊の兆候以外のものではないと僕には思えるからだ。

リアルな生活に役に立つものだけしか残らないと思う。

同時に、進化するインターネットの世界が限りなく文学的・哲学的世界を内包していて、これから圧倒的な質量で台頭してくる映像とあいまって、収拾がつかないような混乱が社会的問題としてクローズアップされると思われる。

知ってる人と知らない人の格差がますます広がり、知ってる人の優位性すらまでもが犯される状況が出現し、かつてなかった人類史的混乱が到来するのではないかとさえ思っている。

ということは、身の安全を図るために、知ってる人が知らない人に無料で知識を教えるという構図が出現するということになる。

オープンソフトの概念・・・僕にはそう思える。

今こそ、誰もが本当のリアルを追及すべきなのではないかと思う。
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2006年11月21日

「スルー力」という言葉を梅田望夫氏と高林哲氏に教えられた

『Web進化論』の著者梅田望夫氏のブログ『My Life Between Silicon Valley and Japan』で、「スルー力(りょく)」という言葉があるることを知った。

梅田氏によると、「スルー力」という言葉を定義づけしたのは、『いやなブログ』の高林哲氏らしい。

「人生の大半の問題はスルー力で解決する」という高林氏の定義を引用する。

スルー力カンファレンス (スルカン) 開催決定!

ものごとをやり過ごしたり見て見なかったことにしたりすることを「スルーする」と呼ぶようになって久しい今日この頃ですが、このたび「スルー力」、すなわち、スルーする力に関する、 ITエンジニアのためのカンファレンスを開催することになりました。ユニークな靴下でおなじみの某社CTOをはじめとする豪華なスピーカ陣による講演が行われる予定です。


「人生の大半の問題はスルー力で解決する」とはスルー力研究の専門家の間では共通のコンセンサスですが、昨今頻発するネット上での炎上事件、人間関係上のストレス問題、あるいは仕事上での燃え尽きの多発などの事情から、スルー力に対する社会的、特にITエンジニアの間での認知度が足りないのではないか、という問題意識が今回のカンファレンス開催の背景にあります。



高林氏の「小ネタ」から始まったカンファレンスは開催されなかったらしいが、ちょっとした反響を呼んだらしく、僕は「スルー力」がきわめて今日的な言葉であると思った。

特にインターネットの世界ではこれまでなかったような事態が起こり、どう対応していいのかわからないことが少なくなく、「スルー力」で解決するしかない局面が誰にもくると思われるからだ。

「スルー」するには「力(りょく)」がいるのもよく理解できる。

ここで、梅田氏のブログ(11月20日)からも引用する。

東京でやった茂木健一郎さんとの対談の中でもこういう話題が出た。「寸鉄人を刺す」ような一言で、僕もよく傷つく。今年一年でだいぶ慣れてきたけれど、もっともっと「スルー力」を身につけていかなければと思う。

茂木さんはテレビにもレギュラー出演していて有名だから、僕の比じゃなくいろいろと嫌なことも書かれるんだろうけど、茂木さんが別の言葉でおっしゃっていたそれを乗り切る知恵も、この「スルー力」の重要性ということだったんだなと思う。

中略

いずれにせよ、こういう「スルー力」というような、軽いノリでの共通言語ができて重い話題を気軽に議論できるのは、けっこう重要なことかもしれないと思ったのだ。

「人生の大半の問題はスルー力で解決する」

高林哲の名言かもしれない。



僕自身、もしあの時「スルー力」という言葉を知っていたら、うまく乗り切れていたのではないかと思えるような経験もあり、この言葉によって救われる人は予想以上に多いはずだと思われる。

また、梅田氏に教えてもらった。

そして、「スルー力」という言葉を定義づけしてくれた高橋哲氏に感謝!

梅田望夫氏のブログ
My Life Between Silicon Valley and Japan高林哲氏のブログ
いやなブログ



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2006年11月14日

僕の4人『梅田望夫氏、平野敬一郎氏、江島健太郎氏、くろわっさん(氏)』のこと

上のタイトルで記事を書こうとしたら、3時間もかかってしまった上、内容が気に入らず、結局アップすることができなかった。

最低3日間ほど時間を必要とする作業だとわかった。

最初に1ページ、一人に1ページで4ページ、最後に1ページで6回に渡る記事で、1ページあたりの分量も結構多いということが。

くたびれもうけとはいわないが、ワード文書に書きかけの記事を保存した。

いみじくも、梅田望夫氏が先日の毎日新聞記事で言ってくれた「文体」という言葉が、衰退気味の言論・出版文化の混沌とした未来を切り開くキーワードとなるであろうと、前向きの記事を書こうとしたのだがそれは2・3時間でできる作業ではなかった。

でも、一杯やってないときに、元気なときに、時間を見つけて書くつもりである。

梅田望夫氏、平野敬一郎氏、江島健太郎氏、くろわっさん(氏)に注目。
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2006年08月23日

Web1.0のほうがWeb2.0よりお金になるのではないか?

ブログはホームページに比べてずっと便利だと思う。

ブログをはじめて、もうホームページなんかやめたほうがいいのではないかと思ったこともある。

でも、ホームページがWeb1.0の残骸なんかではないことが分かった。

この数日、1999年夏に立ち上げた自分のホームページをリニューアルしていて、ホームページのほうがブログより優れているのではないかと思うことが多々あった。

まず、一覧性がないといわれるインターネットだが、その点ではホームページのほうがブログより遥かに一覧性があるように作ることが出来る。

記事のボリュームが増えてくると、ブログで以前の記事を探し出すのに時間を取られるが、整理をしていればホームページの方が格段に早くその記事にいたることが出来るし、一覧性があるから自由に横にも移動できる。

横にも移動できるとは多少説明しにくいが、Web1.0を代表するのが一方的に情報発信するホームページで、Web2.0を代表するのがトラックバック機能を備えたブログであるという前提で説明すると、囲い込みを主に置くホームページのほうが双方向性を備えたブログより伝達する方法論が多いということだと思う。

簡単に言うと、ブログは宣伝・販促媒体としてはホームページより優れているが、アーカイプにおいて優位性があるホームページのほうが説得性があり、遥かに実売に結びつくメディアではないか。

経験的に言うと、更新を続けてアクセス数が多いいくつものブログよりも、今日リニューアルしたつたないデザインのホームページのほうが売上が大きいという事実があり、それは囲い込みの中でユーザーが自由に横に動けるからではないか。

まだ、上手く説明できていないかもしれない。

要は、ブログとホームページは両立できるということであり、いわゆる総合的なプラットフォームを構築することの出来ない個人としては、両方を上手に組み合わせて小さなプラットフォームのようなものを形成していくのがベターだということで、手間隙をくうホームページをリニューアルしてよかったというお話でした。
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2006年08月14日

Web進化論 ミクシイはグーグルを超えていた

今日、あらためてmixi(ミクシイ)の人気の秘密を実感した。

ミクシイに来訪者を告げる「足あと」という機能がある。

その「足あと」に、山陰に住む姪らしき痕跡を見つけた。

その姪とはWEBを介しての付き合いはなく、いぶかしく思いながらメールボックスを開くと、彼女からのメールが着信していた。

「足あと」は、やはり姪のものだった。

姪は鳥取県倉吉市の出身で、銀行マンと職場結婚していろいろ転勤したようだが、今は島根県松江市に住んでいる。

姪にメールの返事を書く前に、彼女のミクシイネットワークをたどってみたら、鳥取県や倉吉市に関する情報をいっぱい発見して驚いた。

倉吉市はカミさんの実家があるところでもあり、この20年近く年に少なくとも2回は行っているところで、インターネットでいろいろ調べたりして、相当詳しく知っているつもりだったが、それがとんでもない思い違いであることがわかった。

さまざまなコミュニティがあった。

数百人が参加するコミュニティもあり、そこには全国で最も人口の少ない鳥取県ならではの熱気があり、ふるさと倉吉を愛する人たちの強い思いが伝わってきた。

大人しいと思っていた山陰が熱いのだ。

膨大な玉石混交の情報が溢れるインターネット上の世界を、グーグルが圧倒的な検索サービス機能を利用して整理しているなら、ミクシイはソーシャルネットワーキングサービスという機能を利用して、「玉」と「石」をより分けていた。

僕はミクシイの人気の秘密をWeb上の鳥取で実感した。

そこでは、ミクシイは確実にグーグルを超えていた。
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2006年08月13日

やけに足取りが遅い「ドッグイアー」と書いた

お盆で休みなので、多少ゆっくりと考える時間があった。

で、「動画」を考えた。

僕は4年程前に、「ブロードバンドシアター」と銘打って、映画の予告編やメイキングなどのほかに自分で撮影した動画を配信していた。

田舎ではインターネットも見たことがないような人が少なくない頃で、「これから動画の時代が来る」と僕がいくら説得しても、馬の耳に念仏であり猫に小判だった。

そして僕は「ドッグイアー」という言葉を信じて、動画の時代がやってくるのを待ったが一向に来なかった。

それから数年が経過し、やっと動画の時代がやってきたようで、新旧取り混ぜた企業が先を争い、ネット空間が喧しい。

そして思った。

アグリゲーターたちが欲にあかせて先を争うあまり、何か大きな取りこぼしがあるのではないかと。

梅田望夫氏の『Web進化論』を読み直したり、「CNET JAPAN」などからWeb2.0の周辺を調べたりしたが、取りこぼしについての記述を見つけることが出来なかった。

取りこぼしはアナログに属する概念だから、取りこぼしていたらデジタルには一切反映されないということかもしれない。

大きな力を持った巨人同士が、大雑把な争いを繰り広げているといったら言いすぎだろうか。
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2006年03月12日

チープ革命の波がテレビ朝日『サンデープロジェクト』を襲う

今朝のテレビ朝日『サンデープロジェクト』を観た。

「ライブドアに見る虚業と実業」と銘打ったコーナーで、田原総一郎がなぜか『ウェブ進化論』(梅田望夫著)を持ち出し、諸井虔、吉崎達彦、佐々木俊尚、松田憲幸などゲストを相手に『虚業』と『実業』を論じ始めたが、なんともしまらない展開で終始した。

まず、田原総一郎が何のために『ウェブ進化論』(梅田望夫著)を持ち出したのかが分からずじまいだった。

おそらく読んでないか、読んでもよく理解できなかったか、でも今ベストセラーだから持ち出して・・・虚業を代表する本だとでも言いたかったのか、まったくよく分からない。

『虚業』を定義しようとして、もう番組の呈をなさなくなった。

村上ファンドは「虚業か実業」との田原氏の問いに、諸井氏が「虚業」とはっきり言い切り、その理由を「人のためになる物を作り出していない」と続けてからは、笑いたくなるような按配で番組は展開した。

誰かが「そんなこと言ったら、銀行だって証券会社だって虚業になるじゃないですか」と言うと、諸井氏は返答に窮してもぐもぐするばかりになってしまった。

梅田氏の『ウェブ進化論』で言うと、チープ革命の波を受けて右往左往するテレビという印象で、Web1.0の人たちが集まって見えないWeb2.0を前にうろたえている構図であり、このようなことがさまざまな局面で露呈してくることが予想されます。

もっと書きたいところですが、数日前に『ウェブ進化論』を読んだばかりで調子に乗るのはやめて、じっくり考えを深めることにします。
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2006年03月11日

「ウェブ進化論」の著者・梅田望夫氏のブログを紹介

昨夜、少しびっくりしたことがありました。

ミクシイのブログに訪問者を知らせる「足あと」という仕組みがあるのですが、その足あとを覗くと、「ウェブ進化論」の著者・梅田望夫氏らしき「Mochio」というハンドルネームがあり、たどっていくとご本人のブログに行き着き少しびっくりしたということです。

こんなことがあるからインターネットは面白いと言えるし、しっかりした記事を書かないといけないなと反省しています。

で、とりあえずミクシイのほうはお気に入りに保存しておきましたが、「ウェブ進化論」や梅田望夫氏に関心のある方のために、梅田氏のブログを紹介しておきます。

梅田望夫氏のブログ
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2006年03月10日

「ウェブ進化論」(梅田望夫著 筑摩書房刊)を読んだ。その1

50歳を過ぎて初めてパソコンを手に入れ、一年以上にわたって一日16時間をホームページ製作に費やし、ITバブル崩壊を経験し、また昨年暮れからヘビーブロガーとして生きる道を模索してきましたが、「ウェブ進化論」(梅田望夫著 筑摩書房刊)は面白く刺激的な本でした。

「ムーアの法則」や「チープ革命」など初めて知る語句もいっぱいあったが、わかりやすく、刺激的で、とても面白く読ませてもらった。

ムーアの法則によって、「インターネット・チープ革命・オープンソース」が次の10年への三大潮流になり、本当の大変化はこれから始まるという筋立ては説得力がある。

三大法則というのも面白い。

1、神の視点からの世界理解
2、ネット上に作った人間の分身が稼いでくれる新しい経済圏
3、消えて失われてしまったはずの価値の集積

「Web1.0」と「Web2.0」の考え方は、これまでよく整理できてなかったことがいっぺんに理解できた。

また、ブログをはじめてまもなく3ヶ月になろうとする今、アフィリエイトをやめてグーグルアソシエートに特化しようかと考えていた矢先でもあり、なお更面白く読めたのかもしれない。

これからしばらく、「ウェブ進化論」(梅田望夫著 筑摩書房刊)にそって僕が体験してきたWeb上でのことを書いていこうと考えています。

posted by 映画プロデューサー at 20:19| Comment(0) | TrackBack(0) | Web進化論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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