2006年01月15日

(七)現代に蘇る酒呑童子

この物語『酒呑童子』は、従来の単純な鬼退治的英雄物語を極力排除し、まったく新しい観点から酒呑童子をクローズアップして、先に上げたいくつかの興味ある問いに答え(あるいは期待に応え)ながら、現代にも通じる劇的状況を設定してドラマを再構築したものです。

また、新たに民俗学や文化人類学的な豊富な資料を取り入れる一方で、説話などに残る面白いエピソードはできるだけ残し、歴史の正史に残る事実は可能な限り踏まえるようにして、迫力ある面白い物語と同時に秘められた日本史を解き明かす歴史物語として一般に提供するものです。

物語は、絢爛たる王朝時代を舞台に、武士と貴族の権力闘争を背景に、鬼と呼ばれる酒呑童子とその仲間たちを主人公に、英雄と称される源頼光及び四天王を相手に、その両者が繰り広げる壮絶な戦いを中心に展開します。

そこに、魅力的な登場人物と多種多彩なエピソードが絡んできます。

美しい自然を背景に生きる素朴な人々が奏でる人間賛歌。

権謀術数を弄する摂政関白・藤原道長が操る酷薄な貴族政治。

賄賂だけで動く当時の警察・検非違使にあって、正義を全うしようとした下級武士の悲劇。

真言陀羅尼を唱え怪しげな術を使う陰陽師や修験者の暗躍など。

また、これらの物語を当時の都の風俗が美しくも妖しく彩ります。

咲き誇る貴族たちの華やかな文化、現代の企業にも似た武家社会、密教とシャーマニズム、怨霊と流言蜚語が飛び交う世相、夥しい死体が転がる街角、傀儡子や幻人が群れをなす河原、夜盗偸盗の類が跋扈する京の都・・・。

そして物語は、鬼と英雄の虚像と実像を次々と小気味よく暴いていきながら、秘められた歴史の真実にサスペンス溢れるタッチで迫りつつ、あるときは一大絵巻を見るようなスケールで、またあるときは地獄絵図を突きつけるようなおどろおどろしさで、圧倒的なクライマックスを迎えるという構成になっています。
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(六)酒呑童子を生んだ人間の心の背景とは?


深い森は、樺や樫の木が発散するテルペン系の芳香性物質フィトンチットが、微生物など有害な外的を寄せ付けず、これが人体にも有益であると判断され、以来『森林浴』がブームを呼んだことがありました。

近代科学はこれを殺菌作用と解釈し、大魔人・役行者を始祖と仰ぐ修験者たちは、これを心身を浄化する神の気として森を聖地としました。

しかし、当時の人々はこれを瘴気として恐れ、森は大魔人や天狗などの妖怪が跳梁する魔界でした。

すでに、源頼光たちが退治に行くまでもなく、魔界に徒党を組んで棲む酒呑童子たちはもうそれだけで人間ではなかったといえます。

またこの頃、巷には慢性的ともいえる飢饉と疱瘡などの疫病が蔓延し、河原や街角にまで病人や行き倒れの死体が溢れ、夜盗偸盗が横行する夜の闇には魑魅魍魎・百鬼夜行の類が跋扈し、恐ろしい怨霊が怪しげな流言飛語となって飛び交っていました。

祟りや悪霊を恐れる人々は、真言陀羅尼を唱える陰陽師や、錫杖を振り回し加持祈祷を行う修験者や、藁人形に五寸釘を打ち込む恐ろしげな巫女や、蠱業返しの術を使う怪しげな外術者らを頼りにして、祟りを払ったり呪いを返したりするありさまでした。

そして、貴族社会が源頼光たち武家集団を頼りにしていたとしても、武家の地位はまだまだ低いものでした。だから、武家は武力を誇りながらも、その一方でおもねりながら勢力を拡大してきました。

特に源氏を代表する源頼光は、受領として豊かな財力(民百姓からの年貢、武力行使による略奪、ひそかに持つ鉱山収入など)を蓄え、時の大権力者・藤原道長に多大な贈り物(土御門邸の新築祝いなど)をして深く取り入りながら、より恐ろしい敵(鬼=酒呑童子)を捏造し、その威光を輝かせようとしたといったら言い過ぎになるでしょうか。

posted by 映画プロデューサー at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(五)酒呑童子を生んだ歴史的背景とは?

当時、頼光たちが活躍した頃は、文字通り貴族による貴族のための政治が行われていた貴族社会でしたが、時の大権力者藤原道長といえども台頭する武家集団を押さえ込むことはできませんでした。

道長全盛であった反面、京都の付近では野党偸盗の類による被害が後を立たず、それらが集団化して袴垂保輔などの大盗賊が横行し、頼光たち武家集団の手を借りなければとうてい治安を維持することができなくなっていたからです。

治安の乱れは想像以上にひどかったようで、例えば内裏(現在の皇居や国会議事堂か)でさえ何度も賊に襲われたことがあり、金品を盗まれたり、女官が衣服を剥ぎとられたりしています。

関白道長邸(首相官邸か)にいたっては、連夜に渡って襲われたこともあり、一度などは検非違使(警視庁)まで絡んだ盗賊に砂金二千両を盗まれています。

最も警備の厳しかった内裏や関白邸ですらこのような有様ですから、京の市街の状況は推して知るべしです。

このような状況下において、頼光たち武家集団は武力を行使あるいは誇示しながら、貴族社会の中で勢力を拡大していきました。

そして、この状況が説話の上で鬼、しかも集団としての鬼を登場させた所以だと考えられます。
posted by 映画プロデューサー at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(四)源頼光と四天王は本当に英雄なのか?

この物語の主人公たちのほとんどは、表の歴史に残る代表選手・藤原道長は別として、あるいは歴史の暗部にうごめく酒呑童子などは論外としても、国司であった源頼光や四天王ですら歴史の正史に出てくることはありません。

この意味でも、酒呑童子がどんな鬼なのかどこの誰なのかを問われるならば、源頼光たちも同じように問われなくてはならないのです。

事実、源頼光や四天王たちを歴史的に見ると、彼らの英雄的活躍を証明する記録はほとんどないに等しいものです。

唯一記録に残っているのは、藤原道長の土御門邸完成(ここで、道長がかの有名な「望月の歌」を詠んだ)のお祝いに、源頼光が家具調度品など多大の贈り物を献上したことぐらいです。

このときの献上目録は、公家から都の下々まで驚嘆させるほどの凄さであり、源頼光の名前を天下に知らしめたのですがこれだけです。

 そして、源頼光や四天王たちの武勇譚が歴史の正史に残っていなくとも、後世に説話化されるほどの種は相当に(山ほど)あったようです。

それにしても、実在する源頼光たちは本当に酒呑童子(鬼)を退治した英雄だったのでしょうか?

 あるいは、酒呑童子が架空の鬼ではなくて誰かであれば、彼らは単なる金持ちの受領に過ぎないように見えて、歴史の正史には現れないところでどんなことをやった者たちなのでしょうか?

この物語の主人公たちのほとんどは、表の歴史に残る代表選手・藤原道長は別として、あるいは歴史の暗部にうごめく酒呑童子などは論外としても、国司であった源頼光や四天王ですら歴史の正史に出てくることはありません。

この意味でも、酒呑童子がどんな鬼なのかどこの誰なのかを問われるならば、源頼光たちも同じように問われなくてはならないのです。

 事実、源頼光や四天王たちを歴史的に見ると、彼らの英雄的活躍を証明する記録はほとんどないに等しいものです。

唯一記録に残っているのは、藤原道長の土御門邸完成(ここで、道長がかの有名な「望月の歌」を詠んだ)のお祝いに、源頼光が家具調度品など多大の贈り物を献上したことぐらいです。

このときの献上目録は、公家から都の下々まで驚嘆させるほどの凄さであり、源頼光の名前を天下に知らしめたのですがこれだけです。

そして、源頼光や四天王たちの武勇譚が歴史の正史に残っていなくとも、後世に説話化されるほどの種は相当に(山ほど)あったようです。

それにしても、実在する源頼光たちは本当に酒呑童子(鬼)を退治した英雄だったのでしょうか?

あるいは、酒呑童子が架空の鬼ではなくて誰かであれば、彼らは単なる金持ちの受領に過ぎないように見えて、歴史の正史には現れないところでどんなことをやった者たちなのでしょうか?
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(三)一体、酒呑童子とはどんな鬼だったのでしょうか?

酒呑童子は、子供向けのお伽話しも含めた多くの物語のなかで、恐ろしい鬼または鬼のような存在として、源頼光と四天王たちの英雄譚の敵役をひたすら演じてきましたが、果たして酒呑童子とは一体どんな鬼だったのでしょうか?

『鬼の研究』(著者;馬場あき子)によると、鬼とは次のように分類されています。

民俗学上の鬼(祖霊や地霊)、修験道系の鬼(天狗)、仏教系の鬼(邪鬼、夜叉、羅刹、地獄卒、牛頭、馬頭鬼など)、(訪遂者、賎民、盗賊などの凶悪な無用者の系譜)、変身譚系の鬼(怨恨、憤怒、雪辱、それらの情念をエネルギーとして復讐を遂げるために鬼となる)などです。

この分類によれば、酒呑童子はどのタイプの鬼だったのでしょうか?

あるいは、酒呑童子が鬼のような存在(実は人間)というのならどうでしょうか?

酒呑童子人間説は、民俗学から推測したかなり信憑性の高そうなものから、有象無象の山賊・盗賊だったというようなものまでさまざまな説があります。

例えば、国栖とか土蜘蛛とか言われてさげすまれる山人や、八瀬童子に代表される牛飼童など下賎の職につくものが、当時の貴族社会に反発して都の権力が届かない山中に住み浮浪化して徒党を組んだという説。

生まれたときからすでに歯や体毛があった赤子が捨てられ、その赤子が育って酒呑童子になったという鬼の子説。

弓を持ち、馬を操り、水草を追い、テントで暮らし、課税とは無縁であった傀儡子説。

あるいは、忍びの元祖といわれ、丹波の山中で修行した乱破道宗(関白道隆が下賎の女に産ませた息子)こそ酒呑童子だとするまことしやかな説。

酒呑童子=鬼=異人(アングロサクソン)というユニークな説などがあります。

酒呑童子が人間だったとしたら、一体誰だったのでしょうか?

そして、やはり酒呑童子が後世の説話作者によって作り上げられた、架空の鬼でしかないとしたらどうでしょうか?

あるいは、比喩的にいうところの、自らの内に棲む鬼が酒呑童子だとしたらどうでしょうか?

だが、その問いに言及するには、その前にこの物語のもう一方の主人公源頼光と四天王に触れておかなくてはなりません。

なぜなら、酒呑童子が単に架空の鬼だとすれば、おのずと雷光や四天王たちも説話や歌舞謡曲の世界で活躍するだけの英雄豪傑になってしまう。

また、酒呑童子が自らの内に棲む鬼とすれば、頼光たちこそ酒呑童子だったのかもしれないからです。
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(二)酒呑童子の物語とは?

説話や謡曲で知られる酒呑童子の物語は、今からちょうど千年ほど前の平安時代が舞台で、摂政・関白藤原道長が他の貴族たちを排除して政治を支配し、その栄華の極みを誇る王朝文化もっとも華やかりし頃に書かれたものです。

酒呑童子の物語は、その出展によってそれぞれ人物・場所・背景などが多少異なってはいても、基本的に源頼光と四天王(渡辺綱・占部季武・碓井貞光・坂田金時など)が恐ろしい鬼である酒呑童子(あるいはその仲間)を相手に縦横無尽に活躍する姿が描かれ、そして終わりには討伐してしまうという英雄豪傑鐔がほとんどです。

それらの物語の中の酒呑童子は、『身の丈二丈あまりにして髪は赤く、さかさまに髪の間より角生いて、髯髭も眉も繁り合い、足手は熊のごとくにて」とか、女を掻っ攫い人肉を食らい酒を飲み悪行の限りを尽くして」というように、いかにも鬼らしい姿形をしていて討伐されてもしようがないようなものです。

まれには、幼い頃はなかなかの美童で山寺の童子(小坊主)になって修行に励み、人の心を持ったかなり魅力ある人物(?)に成長するという物語もありますが、すぐにあまたの坊主を殺すような乱暴狼藉を働くようになり、寺を追われ山中に徒党を組んで棲むようになって、結局は討伐されてしまうという結末を迎えてしまいます。
posted by 映画プロデューサー at 09:24| Comment(1) | TrackBack(2) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年01月14日

(一)はじめに

この企画は、『今昔物語』『御伽草子』などの説話集や謡曲『大江山』『羅生門』などでよく知られる酒呑童子の物語に題材をとっています。

鬼と呼ばれて恐れられ酒呑童子という人物(鬼)像にスポットをあて、独自の発想と解釈で新たなストーリーを構成し、その題を『酒呑童子』と銘打ったオリジナル・シナリオをもとに、ノベライズ、漫画化、ゲーム化、テレビ化なども考慮に入れながら、映画を製作し広く一般に公開しようというものです。

ブロードバンド時代にふさわしい企画として、インターネットを駆使してこの企画を実現させていく所存です。
posted by 映画プロデューサー at 15:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

企画書 目次

(一)はじめに

(二)酒呑童子の物語とは?

(三)一体、酒呑童子とはどんな鬼だったのでしょうか?

(四)源頼光と四天王は本当に英雄なのか?

(五)酒呑童子を生んだ歴史的背景とは?

(六)酒呑童子を生んだ人間の心の背景とは?

(七)現代に蘇る酒呑童子
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