2006年12月18日

『ウェブ人間論』(梅田望夫、平野啓一郎 新潮文庫)を読んで

やっと『ウェブ人間論』(梅田望夫、平野啓一郎 新潮文庫)を読んだ。

面白かったが、池田信夫さんがいうように、多少物足りなさが残った。

僕は『新潮』を読んでいただけに、

池田信夫氏のブログから、
今月も、手嶋龍一・佐藤優『インテリジェンス 武器なき戦争』(幻冬舎新書)、梅田望夫・平野啓一郎『ウェブ人間論』(新潮新書)というのが出た。それぞれ単独の著者としては悪くないのに、おしゃべりになると緊張感がなくなり、情報量が格段に落ちる。それでも手嶋・佐藤本のほうはまだ新しい情報があるが、梅田・平野本のほうは中身の薄い「ウェブ世間話」が延々と続く。平野氏が持ち出す消化不良の「ポストモダン」的な問題提起に梅田氏の話が噛み合わず、議論がまったく深まらない。


でも、面白いところはいっぱいあった。

でも・・・である。

冗漫だった。

『ウェブ人間論』に関して、江島健太郎氏のITmedia Newsの「グーグルが無敵ではないことはエンジニアだけが知っている」という記事が面白かった。

「ぼくは、梅田望夫という御仁は狡猾だな、と思う。グーグルのことをあそこまで絶賛し、脳味噌にコケがむしかかった日本中のマネジメント層にガツンと一発くわせておきながらその一方で、ちゃんと「グーグルが次の10年以降も主役かどうかはわからない」と念押ししてあるじゃないの。」

江島氏は平野氏と同級生であり、梅田氏の真意を知り、プログラマーとしてのアイデンティティをいつも問い続けている。

梅田望夫、平野啓一郎、江島健太郎、池田信夫の対談で一冊の本ができるような企画があったら面白いなと思った。

いや、ネット上でページ数に関係なく、延々と続くようなコンテンツがあったら面白いなと思った。

それに、もう一人二人加えたい人物もいる。

と思いながら、ちょっと違うかもしれないと思った。

梅田望夫と平野啓一郎だからよかったのかもしれないと。

江島健太郎や池田信夫が交わると、逆に世界が小さくなる。

もう一人二人を加えると、つまらなくなってしまう可能性がある。

賛否両論があるということはとてもいいことかもしれない。

そして、僕なりに思った。

『ウェブ人間論』は新潮社の新書などではなく、『新潮』という雑誌での対談であったり、インターネットでのやり取りであったほうがいい内容だったのではないかということだった。

それが数時間とか丸一日の対談であっても、へとへとになるほど内容が濃いように見える時間であったにしても、新書にするという方法論がダークサイドに堕ちているのではないかと思った。

お喋りをコンテンツ(ビジネス商材)にすることは難しい。

ずいぶん昔に、富士正晴氏が『雑談屋』というエッセイを書いていたが、今も、雑談を語ることで禄を食むのは難しいと思う。

江島氏にも、池田氏にも、『ウェブ人間論』は単なるおしゃべりに見えたのかもしれない。

僕にも。

『ウェブ人間論』は、『ウェブ進化論』という梅田氏の名著に対する、読者代表平野氏の「Q&A」といった新書本と言えなくもない。

こう書きながら、いっぱい飲みながら書いているので、とても失礼なことを書いているのではないかと多少不安である。

でも、そう思っている。

大手出版社の頭のよさと、その限界が見えているともいえる。

その大手にのっかた二人、ではないか。

また明日、酔いがさめたところで書こう。

こんな文章になるとは思わずに書いている。

新書の限界。

手軽すぎる。

本にする必要がない。

そこをみんな感じているのではないかと思っている。
posted by 映画プロデューサー at 23:42| Comment(0) | TrackBack(0) | Web進化論 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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