2009年12月19日

死と結びつくと”一期一会”という言葉は厳しい

やんごとなき事情があって、クリスマスあたりに引越しをしなければならなくなった。

いやいやなのではあるが、こうなったらしょうがないので積極的に取り組もうと思っている。

まず、10年以上管理運営してきたホームページを閉鎖し、日記はこのブログに一本化するつもりでいる。

ホームページ閉鎖と同時に、このブログのタイトルも変更するつもりでいる。

次に、暮れから一ヶ月間ほどどこかにこもり、集中的に、ある企画のシナリオを書こうと思っている。

引越しの準備をしながら、今週から来週にかけてこもり先をさがす。

こもり先が見つからなければ、引越し先になるだろうと思われるかもしれないが、どうするかはまだ決めていない。

自分としては捨て身の勝負に出たという意識であるから、マッドスルー的生き方を選択したのだから、一般論は通用しないのである。

そんなことを考えていると、”一期一会”という言葉がふいと頭に浮かんできた。

田舎ではよく聞いたり、見たりしたありふれた言葉だったが、茶もやらず、書もできず、俗にまみれ、人間ができてないから、「出方によったら、二度と会わねえぞ」というような意味に取れたりして、もう一つよく理解できない言葉だった。

”一期一会”という言葉を使う人に、たいした人物がいなかったということもあるかもしれない。

そして今、この言葉が使用する人の死と結びついたとき、凄まじい厳しさが生じると感じた。

たとえではなく、趣味などでもなく、ましてや古臭い教養の発露なんかではなく、この言葉が自然体で使うことが出来るようになりたいと思った。






posted by 映画プロデューサー at 00:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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