2009年11月28日

『地図に残る仕事』と『歴史に残る仕事』への反発

以前このブログに書いた、下北沢駅周辺に掲げられた看板『地図に残る仕事』は小田急電鉄の評語だと思っていたが、駅周辺の再開発工事を請け負っている大成建設の標語だった。

地図に欠かせない鉄道や大規模建築物にかかわる両者だから、どっちでもいいことだが。

地図なんかに残らない仕事をやっているから、やっかみと思われるだろうが、『地図に残る仕事』という標語に反発があるのだ。

気に食わないのだ。

ところで、『歴史に残る仕事』というのにも少し気に食わないことがある。

必要があって大逆事件で処刑された幸徳秋水や2.26事件で同じように処刑された北一輝のことをネットで調べていたら、もうすぐNHKで3年間にわたって放送される司馬遼太郎原作の『坂の上の雲』の情報に行き着いて、”開国以来の脆弱な日本のために自己と国家を同一視して近代国家のために尽くした主人公たちの活躍”というような意味のことを書いたいくつかの文章を読んで、なぜか『地図に残る仕事』ということが思い出されたのだった。

同時に、『歴史に残る仕事』というフレーズが頭に浮かび、この記事を書いている。

幸徳秋水や北一輝も歴史に残っているが、坂の上の雲の主人公たちが国づくり(歴史に残るような仕事)に参加したのとはまったく異なる印象を持つのはどうしてだろうと考えた。

二人は国によって処刑された犯罪者(国家権力による冤罪という説もある)だから印象が違うのは当然だと思うが、どこかしっくりこない。

ネットで気楽に調べただけだが、彼らについて書かれたものは少なくない。

だが、彼らを主人公にした映画やテレビは極めて少ない。

テレビではほとんどないといっていい。

まあ、コマーシャリズムの世界ではしょうがないことだからとやかく言うつもりはないが、自分の不勉強を恥じねばならないなと思った。

僕がこれまで、『歴史に残る仕事』と『歴史の正史に残る仕事』をゴチャにして考えていたからだ。

いずれにしろ、いろいろな過去に出会った人の顔を思い出しながら、鼻持ちならず気に食わなかった奴の何人かはご大層なことを言っていたが、結局、『歴史の正史に残る仕事』をしたいといってたのだなと思い当たった。

それはそれでいいのだが、今のところそのような仕事をした知り合いはいない。

よくないのかもしれないが。

はっきりしているのは、鼻持ちならなかった奴らが役所やゼネコンに所属していたことだ。

商社やテレビ局に勤めているので大きいことをいうのはいたが、面白い奴だとは思ったが、鼻持ちならないと思うことは少なかった。

ただ、40歳を過ぎてサラリーマンとして先が見えてから、保身に回ってつまらない奴になったが。

地図を見るのは大好きだが『地図に残る仕事』をしたいとも思わなかった身としては、また『歴史の正史に残る仕事』も考えたこともないが、『歴史に残る仕事』には関心がないわけではない。

あるいは、『歴史に傷を残す仕事』なんてあるのかなとか、とかにも。








posted by 映画プロデューサー at 00:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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