2009年11月26日

自分の存在をかけた企画書を書き上げた

このところずっと企画書にかかりっきりだったので、ブログを書く時間も、頭脳に余裕もなかった。

自分の中から搾り出すように書く企画書がたまにある。

自分の存在すべてをかけて書くような企画書で、もろ生活にかかわると言うか、将来にかかわると言うか、生き死ににすらかかわるようなことだと言ってもいい。

今日の日記にさっきこんなことを書いた。

昨日カミさんからちっともわからないといわれた企画書を直し、両Iプロデューサー、脚本家のT氏に添付メールで送った。

一人のプロデューサーからは2ヶ所ばかり指摘、もう一人からは「高尚過ぎるんじゃないですか」と言われる。

2ヶ所の指摘には「それは細かいことだ」「そこはこの企画の根幹にかかわるところで、それが理解できないのなら・・・」と、「高尚? だってこれ、高尚なんだもん」なんて答える。

T氏とはまだ連絡は取っていない。

T氏がどう読まれるか、楽しみではある。

僕自身は、カミさんにさっぱりわからないと言われても、これは凄いものになるぞという確信に近いものがある。

だって、もとになるものが凄いから。


映画の企画書は公表できないものが多いと言うか、普通「製作発表」があるまでほとんど出来ない。

製作発表があると、もう公表する意味すら失っているから、まず公表されることはない。

そんな企画書を書き上げて、やっとブログを書く気力が出てきた。

posted by 映画プロデューサー at 20:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 映画ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
高尚で凄いものって、なんだろう?

すっごく楽しみですね。

わくわく、わくわく。
Posted by 浦田 at 2009年11月26日 22:11
後輩のプロデューサーが面白くないことを「高尚」と言って暗に批判したのかもしれませんが、「もとになるもの」は高尚で凄いですよ。

天才詩人が書いたものですから。

図書館や書店で手に入るから、それが何なのかお教えしたいのは山々なのですが、これ以上はいえません。

映画は制約が多すぎるのです。

Posted by 松本 at 2009年11月27日 00:08
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