2009年09月10日

映画界に”毒食らわば皿まで”の気概はない

誰からも求められていないから全面展開するつもりはないが、昨年からDVDが売れなくなって配給会社のビジネスモデルが崩壊し、現在、日本映画業界は相当深刻な状況にあると思う。

今年の春から配給会社の倒産が3件(1件は社長の失踪による消滅)あり、まだ疑心暗鬼にまではいたっていないが、S、G、T、K、Pなどバックに大きな資本がないところはみんな危ないなどと当たり前のように言われている。

今日、Kさんに会って話したことの一部を、自分の日記に下記のように書いた。

また言ってしまった

当たり前のことを当たり前に言うのはなんのも問題もないはずだが、嫌われたり、疎んじられたり、馬鹿だとレッテルをはられたり、時には排除されることもある。

また今日、言わずもがなのことを言ってしまった。

「ほとんどすべての映画配給会社が無責任体制になっており、成績が悪くても責任が問われないシステムで運営されているから、映画ビジネスはなくならないが将来性はない」なんて。

「どの会社も、若い社員の合議制で決定するシステムを取り入れていて、いや、それだけが決定機関であり、しかるべき地位にある人たちが責任を回避している。若い社員は不勉強(人生経験を含む)でパープリンだから将来性なんかあるわけがないじゃありませんか」とも。

最近は明るいうちにしらふで言うから、言ってしまってから「しまった」と反省することもないが、ますます仕事の間口を狭くしているなとは思わざるをえない


僕が考えるに、テレビ局主導の映画作りが相変わらず映画界を席巻しているが、このシステムに入れなかったり、体力がないところは遠からず破綻する。

テレビ局は寡占化を進め、映画観客を総取りする戦略で動いている。

僕の想像では、テレビ局主導の映画が大ヒットして莫大な利益を上げたように見えるが、配給・興行(特に東宝)は利益を享受しているが、製作委員会に名前を連ねる出資者や製作プロの利益はたいしたことないのではないかと思える。

テレビ局の電波を私物化するような大量宣伝の費用が、出資比率に応じた配分に影響を与えないわけがないからである。

テレビ局の戦略的寡占化に継続的に参加できるのは体力勝負ができる一流企業だけで、実のところ他は淘汰の対象としか扱われていないと僕は考えている。

僕が特別目新しいことを言っているわけではないのだが、また僕が言っていることを多くに関係者が肯定してくれるのだが、大きな流れに逆らうことができないようだ。

それだけだ。

”毒食らわば皿まで”という気概があるわけでもない。





posted by 映画プロデューサー at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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