2009年08月06日

大原麗子さんが亡くなったニュースを見てチビナベを思い出した

今、押尾学や酒井法子など薬物に絡む事件が大いにマスコミをにぎわせている。

そんなとき、女優の大原麗子さんが亡くなったというニュースが目に入った。

女優・大原麗子さん自宅で死去

大原麗子さんとは一度も仕事をしたことはないが、一時期、彼女のマネージャーをやったことがあるW君からいろいろ聞いていた。

W君は早稲田大学を卒業してWプロダクションに入社し、子会社のW企画のマネージャーとして社会人スタートを切ったが、最初の担当が大原麗子さんだったらしい。

マネージャーになったばかりのW君は、大原麗子さんに付き添って京都撮影所での撮影に同行したが、そのロケーション先で便意をもよおして藪の中でおしっこをする彼女をガードすることだったらしく、早稲田大学を卒業して「俺は何をしているのか」と涙が出る思いだったと語ってくれたことを思い出した。

W君は”チビナベ”といわれていた。

彼と僕とはずっと家族ぐるみの付き合いだった。

まあ、いろいろあったということだろう。

・・・。

当時、創立者である渡辺プロダクションの社長が”オオナベ”で、小柄なW君が”チビナベ”というような印象で、ショーケンや沢田研二のマネージメントもやっていたから、業界内ではある種名物マネージャーだったともいえた。

彼は、芸能マネージャーから初めて劇場用の映画監督になった人物でもある。

『モーニングムーン派粗雑に』というアミューズが手がけた最初の映画で、サザンオールスターズの桑田君が音楽を担当し、タイトルのとめにあたる役は大原麗子さんのかつての夫である渡瀬恒彦さんであり、そのプロデューサーは僕だったのである。

この記事をアップしたところで、こんなニュースが報じられた。

女優の大原麗子さん、自宅で死亡…死後2週間経過?

痛ましいことである。

大原麗子さんは”六本木野獣会”のメンバーでもあった。

野獣会のメンバーにも知り合いがいて、いろいろ面白い話を聞いたことがある。

チビナベは業界を去り、野獣会のメンバーだったH氏は脳梗塞になり、大原麗子さんも62歳の若さで亡くなって、どんどんあの時代が遠ざかっていることを実感した。

まだ、みんな、そんなに年でもないのに・・・。


でも、今は大原麗子さんのご冥福をお祈りします。


posted by 映画プロデューサー at 23:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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