2009年06月06日

ケータイは棺桶に入るときの必需品になる

ケータイ用動画コンテンツのことを考えている。

あのころケータイがあったらよかったのになあと思うことがある。

まだiモードがないころ、まだケータイが携帯電話だったころ、急性胆嚢炎で2度ほど入院したことがある。

急性胆嚢炎は七転八倒するような激痛を伴うが、救急車で運ばれて医者にしかるべき処置を施されると数時間後には痛みが止まり、翌日には元気になっているような具合だった。

急性だから体力が消耗していない。

それでも2週間ほどは入院生活を送らねばならず、タバコが吸いにくいとか酒が飲めないなどの不自由を強いられることになる。

夜の消灯が早いのもつらい。

個室ならともかく、4人部屋や6人部屋で重症患者が同室だと、遅くまで枕もとの灯りをつけているのもはばかられる。

だが、今ならケータイがある。

布団の中にもぐりこんでブログを書くこともできるし、ネットに接続して青空文庫で本も読めるし、YOUTUBEの動画も楽しめる。

ワンセグでつまらないテレビ番組なんか見たくもないが、健やかな眠りに誘ってくれるような、良質の動画コンテンツがあるとなおいい。

いうなれば、かつての聖書のような、高尚な哲学書のような、ほうっておいても眠たくなるような動画があったら最高だ。

そこで、また思った。

すでに、ケータイは現代人にとって必要欠くべからざるものであり、心の友であり、自分の分身以上の役割を果たすようになり、棺桶に入るときの必需品にすらなっていく(もうなっている)のではないか。

そのうち、死に装束に包まれた遺体の胸の上に組まれた手の間に、あるいはどちらかの手に持たせるような、美しくも厳かな作法が編み出されるに違いない。

posted by 映画プロデューサー at 17:28| Comment(0) | TrackBack(0) | コンテンツ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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