2006年01月17日

15、頼光の怨霊

頼光が外道丸に首を斬られて死んだその日から、関白道長が重い病に倒れた。

道長はあらゆる陰陽師に頼光の怨霊を払うようにに頼んだが効き目は無く、日に日に衰弱していった。

そこに、かの空海が修したと伝えられる五壇法の秘術を使うという陰陽師・道鬼が忽然と現れた。

道長は、大陰陽師・道鬼が言うことを何でも聞いた。

道鬼も、これまでの陰陽師が口をそろえて宣告したように、頼光と四天王たちの功績をたたえ、その誉れを長く世間に伝えようといった。

もちろん、道長は受け入れた。

いや、道長それだけでなく、頼光が最も信頼していた四天王最後の生き残り渡辺綱を、頼光に与えていた受領の地位を引き継がせ、しかるべき官位も与えてこれまで以上に引き立てるつもりだった。

それは、後一条天皇の首根っこを押さえてでもさせるつもりだった。

ところが、それには道鬼が激しく反対した。「渡辺綱は人に指図されてしか事が成せぬ者で、政が出来る器ではない」と断言した。

道長が、それでは頼光の怨霊から取り殺されてしまうと抗議しても、道鬼は頼光の実弟・頼信を引きたてようとした。

それから連日連夜、道鬼は真言陀羅尼を唱え呪祖返しの祈祷を行った。

道長の絶大な信頼を勝ち取った道鬼は、黄金の金箔におおわれたぜいを尽くした自分の寺院で、五大明王を安置したそれぞれの壇の前で護摩を焚いて五壇法の秘儀を執り行っていた。

それにもかかわらず、道長の病状はだんだん悪くなるようであったが、道鬼の祈祷は次第に熱を帯びていきその様子は鬼気迫るものがあった。

そんな夜、般若の女の率いる一団が道鬼の寺院を襲った。

さすがに、悪魔のような道鬼の集団も秘術に熱中していて、無防備のところを襲われては成す術もなかった。

阿鼻叫喚・・・。

火を放たれた寺院は、たちまちの内に血と炎で染められまさに地獄絵図と化した。

そして、その朝未明、時の大権力者・藤原道長が多くの公卿たちに看取られながら帰らぬ人となった。
posted by 映画プロデューサー at 11:10| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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