2006年01月16日

12、恐るべき綱の反撃

外道丸と熊が瀬の者は、金時軍を打ち破ったあと弥次郎が年をとったことや仲間が増えたこともあって、人知れぬ場所に移動して村を作る作業に精を出していた。

一方、頼光は病に臥せっていた。

頼光が床についたのは綱に斬りかかった日からで、それ以来幽鬼のような表情をしている。

綱は、ごく側近の者だけを頼光の側において看病させた。

それでも頼光は例の恐ろしい夢を何度も見るらしく、何かというと綱を側に呼びたがった。

綱は、金時が率いる勅命軍が全滅したことも、頼光が病に臥せっていることも誰にも知らせず打つ手を探っていたが、季武が討たれた金山事件が醜聞となって広がり状況は厳しいものがあった。

そんな折、頼光が綱を呼び、正気なのか狂っているのか判然としない様子で、自分が病気で臥せっていることを誰にも知らせるなと言った。

綱が美濃の国司(頼光の代行)をしている碓井貞光にもかと聞くと、頼光はうなずいて、貞光にも金時(死んでいるのに)にも知らせてはならぬと言った。

また、頼光は自分にもしものことがあった場合、綱のことを嫌っている貞光が裏切るとも言った。

綱は、頼光の筆跡を真似た偽の密書を持たせ、美濃に向けて早馬をたてた。

密書には、頼光の名で貞光にすぐさま上洛するように申し付けた。

以前関白邸を襲った般若の面をつけた女が、大引用し安部清明の弟子と名乗る怪しげな術を使う修験者風の男・道鬼(かつて頼光の金山を発見した契機を作ったこともある)と密かにあっていた。

道鬼は、悪霊を封じ逆に呪祖返しで相手を呪殺する能力を持つと恐れられ、山中を天狗のように駆けて一晩で数十里も走るといわれる配下を抱え、薬師であると同時にあらゆる毒薬に通じていた。

そして道鬼は、密かに資金を調達して自分の寺院を持ち、関白道長の陰陽師になるという野望を持っていた。

般若の女は、手付に千五百両を、仕事を終えてから残金千五百両を渡すことで、道鬼に熊が瀬の者及び酒呑童子の殺害を依頼し、そのはかにも『ふく』という海の魚からとった無色無臭の毒薬を譲り受けた。

手勢だけを連れた碓井貞光の一行が上洛の途中、宿で酒に毒薬を盛られて死ぬのは、その日から数日もたたぬ満月の夜のことである。

posted by 映画プロデューサー at 22:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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