2006年01月15日

(六)酒呑童子を生んだ人間の心の背景とは?


深い森は、樺や樫の木が発散するテルペン系の芳香性物質フィトンチットが、微生物など有害な外的を寄せ付けず、これが人体にも有益であると判断され、以来『森林浴』がブームを呼んだことがありました。

近代科学はこれを殺菌作用と解釈し、大魔人・役行者を始祖と仰ぐ修験者たちは、これを心身を浄化する神の気として森を聖地としました。

しかし、当時の人々はこれを瘴気として恐れ、森は大魔人や天狗などの妖怪が跳梁する魔界でした。

すでに、源頼光たちが退治に行くまでもなく、魔界に徒党を組んで棲む酒呑童子たちはもうそれだけで人間ではなかったといえます。

またこの頃、巷には慢性的ともいえる飢饉と疱瘡などの疫病が蔓延し、河原や街角にまで病人や行き倒れの死体が溢れ、夜盗偸盗が横行する夜の闇には魑魅魍魎・百鬼夜行の類が跋扈し、恐ろしい怨霊が怪しげな流言飛語となって飛び交っていました。

祟りや悪霊を恐れる人々は、真言陀羅尼を唱える陰陽師や、錫杖を振り回し加持祈祷を行う修験者や、藁人形に五寸釘を打ち込む恐ろしげな巫女や、蠱業返しの術を使う怪しげな外術者らを頼りにして、祟りを払ったり呪いを返したりするありさまでした。

そして、貴族社会が源頼光たち武家集団を頼りにしていたとしても、武家の地位はまだまだ低いものでした。だから、武家は武力を誇りながらも、その一方でおもねりながら勢力を拡大してきました。

特に源氏を代表する源頼光は、受領として豊かな財力(民百姓からの年貢、武力行使による略奪、ひそかに持つ鉱山収入など)を蓄え、時の大権力者・藤原道長に多大な贈り物(土御門邸の新築祝いなど)をして深く取り入りながら、より恐ろしい敵(鬼=酒呑童子)を捏造し、その威光を輝かせようとしたといったら言い過ぎになるでしょうか。

posted by 映画プロデューサー at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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