2006年01月15日

(五)酒呑童子を生んだ歴史的背景とは?

当時、頼光たちが活躍した頃は、文字通り貴族による貴族のための政治が行われていた貴族社会でしたが、時の大権力者藤原道長といえども台頭する武家集団を押さえ込むことはできませんでした。

道長全盛であった反面、京都の付近では野党偸盗の類による被害が後を立たず、それらが集団化して袴垂保輔などの大盗賊が横行し、頼光たち武家集団の手を借りなければとうてい治安を維持することができなくなっていたからです。

治安の乱れは想像以上にひどかったようで、例えば内裏(現在の皇居や国会議事堂か)でさえ何度も賊に襲われたことがあり、金品を盗まれたり、女官が衣服を剥ぎとられたりしています。

関白道長邸(首相官邸か)にいたっては、連夜に渡って襲われたこともあり、一度などは検非違使(警視庁)まで絡んだ盗賊に砂金二千両を盗まれています。

最も警備の厳しかった内裏や関白邸ですらこのような有様ですから、京の市街の状況は推して知るべしです。

このような状況下において、頼光たち武家集団は武力を行使あるいは誇示しながら、貴族社会の中で勢力を拡大していきました。

そして、この状況が説話の上で鬼、しかも集団としての鬼を登場させた所以だと考えられます。
posted by 映画プロデューサー at 22:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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