2006年01月15日

(四)源頼光と四天王は本当に英雄なのか?

この物語の主人公たちのほとんどは、表の歴史に残る代表選手・藤原道長は別として、あるいは歴史の暗部にうごめく酒呑童子などは論外としても、国司であった源頼光や四天王ですら歴史の正史に出てくることはありません。

この意味でも、酒呑童子がどんな鬼なのかどこの誰なのかを問われるならば、源頼光たちも同じように問われなくてはならないのです。

事実、源頼光や四天王たちを歴史的に見ると、彼らの英雄的活躍を証明する記録はほとんどないに等しいものです。

唯一記録に残っているのは、藤原道長の土御門邸完成(ここで、道長がかの有名な「望月の歌」を詠んだ)のお祝いに、源頼光が家具調度品など多大の贈り物を献上したことぐらいです。

このときの献上目録は、公家から都の下々まで驚嘆させるほどの凄さであり、源頼光の名前を天下に知らしめたのですがこれだけです。

 そして、源頼光や四天王たちの武勇譚が歴史の正史に残っていなくとも、後世に説話化されるほどの種は相当に(山ほど)あったようです。

それにしても、実在する源頼光たちは本当に酒呑童子(鬼)を退治した英雄だったのでしょうか?

 あるいは、酒呑童子が架空の鬼ではなくて誰かであれば、彼らは単なる金持ちの受領に過ぎないように見えて、歴史の正史には現れないところでどんなことをやった者たちなのでしょうか?

この物語の主人公たちのほとんどは、表の歴史に残る代表選手・藤原道長は別として、あるいは歴史の暗部にうごめく酒呑童子などは論外としても、国司であった源頼光や四天王ですら歴史の正史に出てくることはありません。

この意味でも、酒呑童子がどんな鬼なのかどこの誰なのかを問われるならば、源頼光たちも同じように問われなくてはならないのです。

 事実、源頼光や四天王たちを歴史的に見ると、彼らの英雄的活躍を証明する記録はほとんどないに等しいものです。

唯一記録に残っているのは、藤原道長の土御門邸完成(ここで、道長がかの有名な「望月の歌」を詠んだ)のお祝いに、源頼光が家具調度品など多大の贈り物を献上したことぐらいです。

このときの献上目録は、公家から都の下々まで驚嘆させるほどの凄さであり、源頼光の名前を天下に知らしめたのですがこれだけです。

そして、源頼光や四天王たちの武勇譚が歴史の正史に残っていなくとも、後世に説話化されるほどの種は相当に(山ほど)あったようです。

それにしても、実在する源頼光たちは本当に酒呑童子(鬼)を退治した英雄だったのでしょうか?

あるいは、酒呑童子が架空の鬼ではなくて誰かであれば、彼らは単なる金持ちの受領に過ぎないように見えて、歴史の正史には現れないところでどんなことをやった者たちなのでしょうか?
posted by 映画プロデューサー at 22:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子企画書 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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