2006年01月15日

4、のし上がる頼光と四天王たち

頼光たち武家集団は、武力による実力行使とそれを誇示することで、次第に勢力を拡大していった。

だが当時は、貴族に比べるとまだまだ武家の地位は低かった。

頼光たちは、より高い官位を売る為に藤原道長をはじめとして高級貴族におもねり、時には多大の贈り物をしなければならない立場だった。

早くから藤原摂関家の家司として各地の受領を歴任(淡路・伯耆・讃岐・尾張・備前・美濃)してきた源頼光は、そのようにして誰よりも道長に深く取り入る一方で、民百姓から年貢を搾り取るだけ搾り取りながら、中央にはごまかしの報告をして蓄財を重ね、さらに四天王を縦横に使った独特の方法で豊かな財産を築いていった。

例えば、四天王の頭的存在の渡辺綱は、ある山中一帯を都に恨みを持つ熊が瀬の者が潜む危険地帯だと布れを出し、占部季武や坂田金時を侍大将にした兵を駐屯させてだれも立ち入れないようにしていた。

その山中には、関白道長にも報告せず、頼光たちが密かに保持する金鉱があった。

渡辺綱は、その秘密を知られないために、もともと土蜘蛛であった熊が瀬の者が今では凶悪化して鬼となり、近付く者を殺傷し取り食うからといって勝手にその辺一帯を前面立ち入り禁止にしていた。

また頼光は、検非違使の別当・坂上琢磨に賄賂を渡し仲間にとりこみ、金鉱の労役に罪人を送り込ませるといった悪辣ぶりで、武家集団の中でもとりわけ勢力を拡大しつつあった。
posted by 映画プロデューサー at 18:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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