2006年01月15日

3、弓と馬を操る人々

この事態には、さすがの頼光と四天王も顔色を失った。

祟りを恐れた道長は、この赤子の未来を陰陽師に占わせることにした。

そして、その結論が出るまで、赤子の身柄は頼光の下人である熊が瀬の者に預けられた。

熊が瀬の者とは、もともとは弓を持ち馬を操り猟をなして暮らしてきた誇り高き狩猟民で、すなわち頼光が退治したといわれる恐ろしい土蜘蛛の一味であった。

彼らは貧しくとも豊かな生活を送っていたが、ある日突然頼光たちによって攻め入られ、殺戮と虐殺からかろうじて逃れた者が今では下人として生き延びていた。

熊が瀬の弥次郎は、短い間ではあったが赤子の母親を知っていた。

罪人篭を担いで都大路を歩き、雑色に殴られながら南蛮人に水を飲ませ、処刑場に控えさせられて一部始終を目撃し、墓を掘りその亡き骸を埋めたのが弥次郎たちだった。

青い瞳の女は、柄杓の水を美味しそうに飲んだ後、言葉は何を言っているかわからなかったが、胸の前で十字を切り弥次郎を拝んでいるようであった。

弥次郎は、白砂の上を這いずりまわる赤子を拾い上げて村に連れ帰った。

子供ができぬ女房のたきが、産湯を使って血のりを落とすと、赤子は見たこともないような白い肌をしていた。

牛の乳を入れた瓢箪を口に含ませると、赤子はごくごくとのどを鳴らして飲み干し、天子のような笑みを見せてすやすやと眠りについた。

「殺してしまえ!」という陰陽師の宣告を無視し、熊が瀬の者が赤子を連れてどこかに逃亡し、村がもぬけの殻になったのはその夜の未明のことだった。

以前から、頼光の下人でいることに我慢ならなかった弥次郎は赤子をとても殺す気になどなれず、村を出て山に入り獣の乳を飲ましても育てようと決心した。

仲間の何人かが弥次郎と一緒に村を出ると言い出したが、何人かは陰陽師の宣告に逆らうのを恐れて反対した。

結局、巫女が憑霊の祈祷をして先祖の判断を仰ぐことになった。先祖の霊は巫女に乗り移り、野太い声ではっきりと言いきった。

「熊が瀬の者は、山神様がお恵みになる生き物以外のものを殺めてはならぬ・・・」

こうして、熊が瀬の者は頼光の支配下から脱し、全員で村を捨てて山に逃げ込み、テントで移動しながら獣を狩り蜂を飼う暮らしに戻り、外道丸も危うく生き延びることになったのだった。
posted by 映画プロデューサー at 11:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 酒呑童子ストーリー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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