2009年03月27日

人生を左右するような企画書

まだ、『赤とんぼ作戦』の企画書を書いている。

考えれば考えるほど、対象との切り結びがのっぴきならなくなる。
対象とは敵である。

敵は決まったものだと思っていたがそうではなく、自分もその対象であることがわかり、本当の敵をあぶりだすことに時間と労力をとられている。

ただ、人生を左右するような企画書にしなければ活路がないと思うから一切の手抜きが出来ず、根をつめた作業になっている。

「なぜ今、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』なのか?」ということを、他人が納得するような文章に仕立てあげる作業だ。
作業をしながら、自分の人生とまったくリンクした映画であることを改めて思い知らされ、企画書がこれを乗り越えるための最初の一歩でしかなく、どこにも逃げようがないと思い定めているが、それにしても鍛えられるものだ。

きっと、敵は人間が作り出したシステムの一種だと思っているが、端的に言い表すことができない。

次元は高くないが、頑固で、いじましく、執念深い、どこにでもあるシステムだ。

ヒエラルキーに支えられている。

もちろん差別的だ。

映画をつくった時の原動力はそれに反発するアドレナリンを含むエネルギーで、暴動に近いものがあったような気がする。

とすれば、相手の側に立ってみれば、敵は自分の中にあるとも言える。

問題はこの辺にある。

弱者は相手の立場になって考えるが、敵は自分の利益しか考えず、下手をすると、相手の立場に立って考えようとする弱者のスキに乗じて攻撃を仕掛けて来る。

僕が映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』をつくったのは、強い弱者であろうとしたことではないかと思っているが、この辺りを明確に、説得力がある文章でいい表すのは難しい。

共通した価値観が金銭でしかない、我が国の悲劇で済ますわけにはいかないのがつらくもあり面白いのだが、果たしてどうなることやら…。
posted by 映画プロデューサー at 01:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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