2009年03月21日

克服しなければならないトラウマとしての地下鉄サリン事件

昨日は地下鉄サリン事件が起きてから14年目の日だった。

14年前のその日の朝、僕の後輩であり、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』の榎本靖プロデューサーから電話があった。

僕は九州の福岡に拠点を張り、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』の福岡先行ロードショーとともに東京上映を進めており、榎本プロデューサーも多忙を極めていた。

その日の朝、榎本プロデューサーは映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』の予告編の業務用ビデオやパンフレットなどを某社に届けるようになっていた。

榎本プロデューサー「今渋谷なんですけど、電車が動いていないんです。困りましたよ」

松本「だったら、タクシー拾って行ったらいいだろう」

榎本プロデューサー「JRも地下鉄も動いていないんですから、タクシーなんて拾えるわけがないでしょっ!」

と、榎本プロデューサーがえらい剣幕で言う。

松本「・・・なんかあったのかかなあ」

榎本プロデューサー「まったく分かりません。みんな右往左往しています」

松本、テレビのチャンネルを切り替えながら、

松本「地震があったわけでもないし、特別テレビではなんとも報道してないぞ」

Eプロデューサー「一旦電話を切ります。なんか分かったら連絡します」

松本「了解。こっちでもなんかあったら連絡する」


そして、何がなんだか分からないまま多数の死傷者が出て、首都東京は言い知れぬ不安に覆われ、世間は重苦しい雰囲気に包まれていった。

結局、その後判明した地下鉄サリン事件という未曾有の大事件となって、映画『スーパー・ハイスクール・ギャング』東京上映が実行できなくなったといういきさつがあり、僕にはこの事件が大きなトラウマとなって残っている。

今、これを克服しないと、一歩も前に進めないのかもしれないとさえ思っている。



posted by 映画プロデューサー at 01:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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