2010年01月31日

女は度しがたい

夜はイビられて、まるでサンドバッグ状態だった。

できるだけ早く今居る部屋を出るのがいいのだが、行き先がないから困っている。

今週は一日でも早く行き先を決めねばならない。

でないと、我慢にも限度があり、堪忍袋の緒が切れる。

今朝、A新聞社のYさんから連絡があって、K記者が41歳の若さでなくなったという。

生意気で、大柄て、頭の回転が早く、いかにもA新聞の記者らしい記者で、結婚式にも呼ばれた間柄だった。

酒飲みのYさんらしくもなく朝早い電話で、K記者の直の上司であり、傍目にもK記者を可愛がっていたから、Yさんは本当にたまらんだろうなと思ったが、努めて明るく新しい企画『Takuboku』のことも話した。

「病犬」のこと、「菅野スガの針で書かれた書簡」のことなど。

Yさんと仕事が出来たらいいなと思っている。

九州時代、Yさんは言葉や文章について唯一話せる人で、どんなにか救われたかしれない。

K記者は、親子ぼども年齢が違う僕を煽るようなときもあったが、基本的にいい人だったと思う。

いい人は早く死ぬというのは本当だと改めて思った。
posted by 映画プロデューサー at 23:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

シネカノンの倒産はATG、ディレカン並

あらためてシネカノンの倒産を考えてみた。

昨年中に倒産した洋画配給会社のワイズポリシー、ムービーアイ、ザナドゥーと違って、シネカノンは韓国映画の配給などもやっていたが、邦画の製作・配給を主だってやっていた会社である。

かつて、ATG、ディレカン(ディレクターズカンパニー)、角川映画、アルゴプロジェクト、セントラルアーツ、フジテレビのシネスィッチ、奥山ジュニアの映画づくり、ランブルフィッシュがやっていたようなことを、作品数は少ないがシネカノンが一手に引き受けていたようなものである。

大きい小さいはあるが、潮流と言いたくなるようなムーヴメントがあった。

小さいけれど、浮わついていたけれど、これ等の潮流が果たした役割は大きく、日本映画のニオイを醸しだし、熱心な(ニッチ?)映画ファンの支持を得てきた。

DVDの売り上げ減とシネカノンの倒産で、日本映画界の潮流がテレビ局絡みだけになってしまったといえる。

今、日本映画が存亡の危機にヒンしているといってもいいかもしれない。
posted by 映画プロデューサー at 00:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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