2009年10月15日

これからは”錦の御旗”より”理念”で行こう

”大義名分”という言葉だったかもしれないが・・・。

最近、必要があって古い仕事仲間や古い友人と連絡をとることが多いが、T君のことを思い出すと同時に”錦の御旗”という言葉が聞こえてきた。

僕が何かを企画したりことを起こそうとしたりするとき、T君は必ず「それが成功するかどうかは、お前が”錦の御旗”を立て切るかどうかやな」と僕に言った。

そして、僕はその言葉に対して心の底で必ず反発するのだが、重要な案件ではいつも”錦の御旗”を立てようとしたし、きちんとした御旗を立てたときはおおむねうまくいった。

だが、立派な”錦の御旗”を立てたからといってすべてうまくいくわけではなく、反感を持たれてつぶされてしまったこともあった。

そんなことを思い出したのは、今、僕が新しい”錦の御旗”を必要としているからかもしれない。

で、僕が反発を覚える”錦の御旗”の意味を調べてみた。

ヤフー辞書には次のように記されている。
錦の御旗
1 赤地の錦に、日月を金銀で刺繍(ししゅう)したり、描いたりした旗。鎌倉時代以後、朝敵を征討する際に官軍の旗印に用いた。錦旗(きんき)。

2 自分の行為・主張などを権威づけるために掲げる名分。「環境保護を―に掲げる」



これ見て、僕の反発がよくわかった。

”錦の御旗”は朝敵を征討する官軍の旗印だったからだった。

ということは、僕は言ってしまえば夜盗のような存在なのに、何かを起こすときだけ都合よく官軍の御旗を振りかざしたに過ぎなかったのである。

僕は半年ほど前から、しきりに後輩のプロデューサーたちに”理念”について語ってきた。

知りえた類例を随時あげながら。

会社で言えば”企業理念”のことであり、チームで言えば”チーム理念”が必要だということであり、それなくして勝利はありえないといった類の話を繰り返し繰り返し語ってきた。

今、それらのことがよくわかった。

それは、僕こそが”理念”を必要としていたのだった。

”錦の御旗”から脱するために。

で、再度ヤフー辞書に。
理念
り‐ねん【理念】
1 ある物事についての、こうあるべきだという根本の考え。「憲法の―を尊重する」2 哲学で、純粋に理性によって立てられる超経験的な最高の理想的概念。プラトンのイデアに由来。イデー。



頭で考えるのではなく体で考える。

僕の勝手な解釈では、これからはブレークスルーではなくマッドスルーだと思う。

とりあえず、古い仲間や友人に感謝。




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大胆な企画とキャスティングが求められているのだが

データに基づいたキャスティングでないと企画が成立しないらしい。

この間、M・S監督から聞いた話だが、主役のキャスティングが難航しているとのこと。

”Y・A”や”A・M”などにあたっているが、来年の夏のスケジュールがおさえられないらしい。

聞くところによると、数十本に及ぶオファーがあって2年先までスケジュールが詰まっており、とてもそこに割り込むことは不可能だという。

少し無責任だが、”Y・A”や”A・M”にそれほど主演としての商品価値があると思っていない僕としては、売れっ子の”A・U”でもいいんじゃないのといったら、あるデータをもとにキャスティングが行われていて、駄目だとのこと。

「どこが作っているデータ?」と聞いたら、「よくわからない」との答え。

見せてくれないそうだ。

まるで官僚のデータである。

判断基準さえわからないデータがまかり通って、映画の主役が決まっているという。

そのデータによってヒットの方程式が確立されているわけでもないのに。

もしかしたら、映画がヒットしなくてもDVDが見込めるというデータかもしれないなどと思った。

だったら、少しわかる。

でも、それは映画をヒットさせることとは違う。

プロデューサーがサラリーマン化して、企画もキャスティングも縮こまっているのだろう。

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2009年10月14日

片山さつき氏の発言に”劣化”の本質が見える

自分の劣化はさておいて、映画を中心としてメディアの劣化について何度も書いてきたが、政権交代によって社会のさまざまな局面で、特にエスタブリッシュメントの劣化が目に付くようになった。

言い方は悪いが、下々はそう変わらないものだ。

だから、日本人全体が劣化しているとは思わない。

劣化しているのは、自民党(他党も同罪だが)と二人三脚で美味しいご飯を食べてきたエスタブリッシュメント層だ。

与党と野党のすみわけの中で、それなりに美味しいご飯を食べてきた人たちのことだ。

そこにぶら下がって、おこぼれのご相伴に預かってきた人たちもそうだだ。

天下りの構図が、国だけではなく、すべての県や市町村にも張り巡らされていることは国民の多くが知っている。

全国津々浦々に張り巡らされたエスタブリッシュメントのヒエラルキーは長い間磐石であったが、そこに依存する人たちの劣化が目立つようになり、国民が我慢できなくなって今回の政権交代にいたったと僕は考えている。

ひとつの例題ですべてを言い切ることは出来ないが、片山さつき氏の発言などにも劣化が現れている。


2万6千円と赤字国債

久し振りに東国原知事と、ご一緒しましたけれど、「与党のマニフェストに入っている政策の中で、これはできない、やめてほしいというものをあげて」という質問で、わたしと知事が、奇しくも

 (1)高速道路の無料化
 (2)最低賃金1000円

 ゲスト出演していた、建設現場で働いた経験のあるタレントさんも、「1000円にしたら、ほとんどのコンビニはつぶれ、零細企業は廃業」、知事は「宮崎は今でも630円台。無理!」


(1)高速道路の無料化・・・これなどはもう何十年も前に無料化されていなければならなかった案件である。自民党がそうしなかっただけのことだ。

(2)最低賃金1000円・・・今のコンビニなんかつぶれてもかまわない。あらたに時給1000円のコンビニが登場すればよいし、そうなるはずだ。


選挙で有権者の審判を受けて落選したにもかかわらず、反省もなく、しょうもないテレビに出演して、あきらめの悪い発言を繰り返している。

この辺に”劣化”の本質があると思う。

だが、”劣化”の本質は捉えにくい。

エスタブリッシュメントのヒエラルキーの最上位にある(そう思っている)メディアが、いまだに自らの”劣化”を捉えきることができず、”馬鹿女”の一言がいえないでいるのだから。


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2009年10月13日

モンスター化したペニスかと思った

この記事のタイトルは、映画『アサルトガールズ』の予告編を観て直感的にそう思ったからで、どうかと思ったがあえて書いた。



なんの予備知識もなく、偶然観てペニスの化け物かと思ったのだが映画に出てくるモンスターは”マダラスナクジラ”というらしい。


監督:押井守
出演:黒木メイサ、菊地凛子、佐伯日菜子

熱核戦争後の荒廃した砂漠の戦場。アサルトライフルほかパワフルな銃器を手にフィールドを駆ける、3人の美しき女ハンターたち。巨大モンスター<スナクジラ>の群れが地を這い、強襲揚陸艦が宇宙を飛び、アサルトライフルのマズルフラッシュが光る。激しい戦闘の末に、突然変異の超大物<マダラスナクジラ>を仕留めるのは、はたして誰か──!? 押井守の『Avalon』依頼となる実写長編作品。 

2009年12月19日よりテアトル新宿、池袋テアトルダイヤほか全国にて順次公開

2009,日本,東京テアトル

© 2009 八八粍・デイズ/ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント



美女たちともてない男たちのルサンチマンを背負ったモンスターペニスの闘いを描いた作品ではないようだが、そいう風に見ると面白い(気持ちが悪い)のではないか。


posted by 映画プロデューサー at 19:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 映画ビジネス | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年10月12日

加齢臭を放つメディアとテレビ

あえて言うが、自民党と共にわが世の春を謳歌してきたメディアに加齢臭が漂っている。

メディアの中で比較的新しかったテレビもとっくに加齢臭を放っているのだが、そのことにまだ気がついていないのか気がつきたくないのかはわからないが、先が見えない低下が続く広告収入と視聴率を目の当たりにしても、自らが放つ腐臭に無頓着であろうとし続けてきた。

今回の政権交代は明治維新や敗戦と匹敵するぐらい革命的なことだと民主党はことあるたびに言ってきた。

自民党が放つ加齢臭に国民は耐えがたかった。

その自民党とぐるになってこの世の春を謳歌してきたメディアは、戸惑いながらも巧妙に民主党政権に擦り寄ろうとしているように見えるが、いい飯を食ってきた結果の濃度が濃い加齢臭はごまかせないと思う。

テレビ局の加齢臭はとりわけ臭い。

今日、こんな記事を目にしたので一部を引用。

テレビ番組も「政権交代」 今起きている潮流

半世紀に及んだ自民党政治から政権が取って代わられて一か月が過ぎた。

政治が大きく変わった今、変化の時期を求められている社会がある。

それは、テレビ業界だ。

国民を総バカにしたといわれながらも視聴率至上主義で番組を作り続けてきて、こちらも半世紀が過ぎた。今、テレビ業界内でも、己の功罪と時代の流れを踏まえ、そろそろ本腰を入れて変革をする時期だと声高に唱える人が増えてきた。


僕は自民党が再生できないだろうと思っているが、もしかしたら近い将来において消滅するかもしれないと思っているが、テレビは消滅することはないにしても未来をリードするメディアとして再生することはありえないと考えている。

そして、もし許認可の縛りがなくなるようなことがあったら、今のテレビ局は消滅すると確信している。

テレビの加齢臭を消すのは難しい。



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2009年10月11日

海部美知さんが紹介されている映画『Only The Brave』

率直に言い過ぎると反感を買うかもしれないが、僕は”大和魂”というものに大いに関心がある。

ちょっと大げさかもしれないが、今、日本人は”大和魂”を必要としていると考えている。

先の戦争に負けた日本(人)は、”大和魂”をおぞましいものとして破棄し、拝金主義だけを頼りに戦後復興・高度成長の道を突き進んで世界に冠たる経済立国を成し遂げた。

日本民族は、精神のよりどころを”大和魂”から”拝金魂”へと見事に置き換えることに成功したのだった。

そして、昨年のリーマンショック以来未曾有の経済危機に陥り、派遣労働者切捨てなどで1000万人以上のワーキングプアの存在が明らかとなり、失業者は増大し雇用求人倍率はかつてなく低迷し、年間3万人以上の自殺者を10年にわたって輩出し続けている。

このような状況下で、よりお金の価値そのものは高まっているかもしれないが、結婚はおろか食うや食わずの生活を送らざるを得ない人々にとって拝金主義は手の届かない理想というもので、今や”拝金魂”は”霞”のようなものでしかなくなっている。

今、人々は”魂”を失っていて、新たなる”魂”を必要としている。

と、僕は考える。

さらに、”大和魂”から”ヤマト魂”と言い換えることで、その違いをはっきりさせることで、新たなる”魂”を想起することが出来るのではないかと考えている。

戦争によってゆがめられた”大和魂”をいまさら復活させるなどという考えはもうとうないが、源氏物語の時代にさかのぼることが出来る日本人の精神的ルーツとして改めて取り上げる意味は大きく、さまざまな事情があって日本を離れざるを得なかった日系アメリカ人などの移民たちに、純粋な”ヤマト魂”として引き継がれているのではないかと推測し、時間があるるときにいろいろ調べていた。

そんなときに、海部美知さんのブログで日系アメリカ人兵士を描いた映画『Only The Brave』のことを知った。

長いけど、備忘録もかねて、海部美知さんのブログから全文を掲載。

千人針を懐に散った「アメリカ版特攻隊」の悲劇 「Only The Brave」

8月は日本では第二次世界大戦のメモリアルの月なので、終戦記念日を境にそろそろ終わっただろうけれど、「日本が受けた戦争の被害と悲惨な運命の人々の物語」が、数多くテレビなどで毎年紹介される時期。

そんな中で、意外に知られていない(と思われる、少なくとも私は最近までほとんど知らなかった)戦争の悲劇が、地球の裏側にある。日系米国人志願兵による欧州戦線「第100/442部隊」である。この歴史的事実をもとにした自主制作映画「Only The Brave」を見る機会を得た。

米国本土に住む日系米国人は、戦争中「危険な人々」とみなされて種々の迫害を受け、収容所に入れられた。ナチのユダヤ人収容所のような「虐殺」こそなかったけれど、それまで日本人らしい勤勉さを遺憾なく発揮して営々と築き上げてきた農地や商売の資産をすべて没収され、砂漠の鉄条網の中に閉じ込められた。ちなみに、同じく「敵」であったドイツやイタリアからきた「米国人」たちは、そのような扱いは全く受けなかった。

米国に溶け込もうと必死に努力してきた彼らは、「自分たちはアメリカ人である」ということを身をもって証明し、家族を守るために、志願兵となった。収容所は免れたハワイの日系人からも志願兵が数多く集まった。これら日系米人だけで構成された「第100/442部隊」は、人柱のごとく、最も危険な欧州の最前線に投入された。

ナチに囲まれ絶望とされた200人の米国兵部隊を、自軍の倍以上の兵力を相手に救援するという、ほとんど生還の見込みのない「特攻隊」のような戦いに、彼らは投入される。そして、部隊は800人以上を失ってこの命令を遂行したのである。

映画としては、生身の人間が至近距離で撃ち合う市街戦や、暗い森の中で次々と倒される仲間を置き去りにしながらも銃を撃ちまくって前進を続ける激戦場面が、リアルで圧巻の迫力。それぞれの兵士と残してきた家族との回想場面はややベタではあるが、それでもハリウッドのスタジオを使い、日系人を中心としたプロが結集して作っただけあり、地味ながらもチープな感じはせず、映画らしいスケール感がある。淡々としたナレーションから、制作に参加した人たちの真摯な気持ちが伝わってくる。低予算の自主制作としてはすばらしいと思う。

「ベタ」などと称したが、彼らの家族との別れというのは重要な点であり、志願兵たちは「人柱」になることを覚悟の上で出征して行ったことが繰り返し描かれる。その中で、日本語を話す母親が「千人針」を息子に手渡す場面がある。日本人としての私が見ると、日本側の戦争物語の中でよく知っている「千人針」が出てくることで、日本側における「特攻隊」と頭の中で印象がつながる。アメリカ側でも、千人針を懐に抱いた若い兵士が、無茶な命令の下に命を散らしたのである。エンド・クレジットで、実際の戦死者の写真や協力者の名前が延々と続くところは、以前江田島で特攻隊の資料を見たときの感慨を思い出した。配給会社には「長い」と文句を言われるが、監督としてはどうしてもこれを入れなければならない、譲れないところだったとのことだ。

何のための人柱かというと、本人たちはおそらく、自分の家族とその周囲の「日系コミュニティ」のためと意識していたと思うけれど、実は映画の最後に印象的に語られるように、「自分の7代あとまでの世代のため」だったのだと思う。

日本人として米国に住む私自身や、二重国籍を持つ子供たちが、誇りをもって安心してこの国に暮らしていられるのも、これらの先駆者たちが「孤高のマイノリティ」として多くの犠牲と努力を払ってきたおかげ、と思う。そして、直接的には「アメリカの差別の歴史の一幕」だけれど、移民を政策として送り出しておきながら戦争するってのもなんだかなぁ、と思ってしまうのだ。

なお、この映画は正式な配給会社がつき、現在は「商業公開」を目指して準備中。DVDはウェブサイトで自主販売しているが、アメリカ国内でしか買えないようで、まだ日本では見られない。日系有名俳優である故パット・モリタや、ブルース・リーの役で知られるジェイソン・スコット・リーなども出演しているが、白人の大スターが出ているわけでもなく、商業的にはなかなか難しいが、監督・主演・プロデューサーのLane Nishikawa氏とチームの皆さんは、日本を含む海外でも見られるよう、いろいろ頑張っている最中である。

ウェブサイトは下記のとおり。

Only The Brave

予告編ビデオ

<追記>

このエントリーがTwitterで自動Tweetされたところ、「東洋宮武が覗いた時代」というドキュメンタリーも見てください、とのRTをいただいたので、一緒にご紹介しておく。今朝「Only The Brave」の話を息子にしたら、「(人気バンド)Linkin Park/Fort Minorの日系ミュージシャンマイク・シノダはおじいさんが収容所にいたんだって・・・」と教えてくれていたところだったのだが、彼はこのドキュメンタリーでエンドミュージックに協力している。

TOYO’S CAMERA =Japanese American History during WWII

それと、1951年のこんな映画もあるそうで、これも2名の方からTwitterでご指摘いただいた。

Amazon.com: Go for Broke: Van Johnson, Robert Pirosh: Movies & TV

なお、劇映画である「Only The Brave」では、俳優や制作スタッフに多くの日系・アジア系映画人が参加しているところもポイントで、Nishikawa監督は上映会の挨拶で「こんなにたくさんのアジア系俳優が出てくる映画はなかなかないでしょう。この映画のおかげで、アジア系の業界の仲間に仕事を回せたことは、うれしかった」と語っていた。こうした感慨が出てくる背景としては、2年前に「アジア系映画人の苦労」の話を別のブログに書いているので、こちらを参照してほしい。

ジャンクションより: 「The Slanted Screen」 アジア系男性のハリウッド苦難の歴史



<さらに追記>

二世関連の書籍リストを紹介していただきました。

msugaya tumblr, 二世部隊&日系人収容所関連の参考書籍です。 RT @MichiKaifu

<またまた追記>

息子が教えてくれた、上記マイク・シノダによる「ケンジ」という曲の歌詞は下記。

Mike Shinoda - Kenji Lyrics



以上のブログ記事を読んで、すぐに映画『Only The Brave』の日本上映のことも考えたが、そのうちどこかの配給会社が日本でも上映するだろうと思ってそのままにしている。

日系アメリカ兵の”ヤマト魂”は、この映画を作ったスタッフやキャストに受け継がれていると考え、何とかしたいとは思っているのだが・・・・・英語力、資金力など足りないものが多い。

でも、何とかしたいものだ。



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2009年10月10日

モラトリアム法は企業に生存権を付加する?

マクロの経済にはまったく疎いが、教えられることが多いから、池田信夫氏のブログやアゴラなどには毎日目を通している。

また、経済学のような土俵に立って何かをいうつもりはまったくないので、コメントを書いたり、ましてやトラックバックなんかはせずにもっぱら目を通すだけだが、ときどき刺激を受けたときにはこのブログで取り上げることがある。

今度書籍化されたタイトル『希望を捨てる勇気』のときはこんな風に。
ネット上にある傾向が目立つ

今日はこの記事が気になった。

オーナー企業の時代

この記事は以下の言葉で締めくくられている。
企業に生存権はないのだから、どんどんつぶれて再生すればいいのだ。それを無理に延命するモラトリアム法は、日本経済全体を殺すだろう。


上の言葉に対して、ちょっとした異論を持った。

最初にも触れたが僕は経済学にはまったくのドシロウトだから、映画を作る者としての異論だが、企業に生存権があるようになったらモラトリアム法は有効になり、日本経済を活性化させるかもしれないなどと思ったのである。

すでに税金を投入されて生存権を確保している少なからぬ企業が存在するし、”企業に生存権はない”と言い切る池田氏の意見に素直にうなずけなかったのだ。

あるいは、モラトリアム法は企業に生存権を付加しようとするものかもしれないと考えられるからだ。

そしたら、それなりの日本経済というものが形成されるかもしれないなどと、開店休業状態の映画の作り手は夢想したのである。

きっと、モラトリアム法で生きながらえ、大いなる成功をおさめるところも現れるはずだなどとも。



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2009年10月09日

見苦しく、聞き苦しい石原東京都知事

2016年のオリンピック招致に失敗した石原東京都知事が潔くない。

というか、見苦しく聞き苦しい発言を今も続けている。


「悪いと言ったわけじゃ…」五輪招致発言で石原知事

 東京都の石原慎太郎知事は9日の記者会見で、2016年夏季五輪招致に関する自身の発言に対し、開催都市に決まったリオデジャネイロ(ブラジル)側から批判が上がっていることについて、「私の言ったことが正しく理解されていない」などと釈明した。


 石原知事は、コペンハーゲンで開かれた国際オリンピック委員会総会から帰国した4日、記者会見で「ブラジルの大統領が、聞くところ、アフリカの人に思いきった約束をしたというようです」などと述べた。

 この発言について、石原知事は、「悪いと言ったわけではない」としたうえで、「総力戦としては当然のこと。やられたなという感じがした。(日本も)総力戦をやらないとダメ」とした。

(2009年10月9日19時56分 読売新聞)


テレビでこれらの発言をするときの石原知事の顔は品というものがない。

だいたいオリンピックあたりに東京の発展をゆだねたり、期待するところが浅ましいのに、ネガティブキャンペーンを繰り返した自民党と同種の精神構造で、欲の深い老醜をさらけ出している。

以前も書いたが”吝嗇”という言葉が似合う。

石原都知事がやるべきことは、オリンピック招致にかかった150億円の明細を公表して、一刻も早く辞職すべきだと思う。



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2009年10月08日

凄まじい淘汰にさらされる弱小広告業界

いまさら広告業界の業績が悪化しているというのもなんだが、こんな記事があった。

最悪のペースで推移……広告業界の倒産件数
リーマン・ショック以降、企業業績は急速に悪化したが、中でも大きな影響を受けたのが広告業界だ。日経広告研究所が発表した『有力企業の広告宣伝2009年版』によると、2008年度の有力企業4444社の広告宣伝費総額は前年度比7.33%減の3兆608億円。連結ベースで見ると、同6.02%減の5兆9245億円となり5年ぶりの減少に転じた。

 依然として厳しい経営環境が続いているが、広告業界はどのような状況に置かれているのだろうか。帝国データバンクの調査によると、2009年上期(1月〜9月)の広告業者の倒産は前年同期比40.6%増の201件に達していることが分かった。負債額別に見ると、「1億円未満」が142件(70.6%)で最も多く、業種別では「広告代理業」が93件(46.3%)でトップ。帝国データバンクによると「広告関連業者の倒産は増加基調が続いており、今年9月までの倒産件数は、2001年以降過去最悪のペースで推移している」という。


倒産が”前年同期比40.6%”という数字はなかなかだ。

僕が知っている弱小の広告会社のいくつかは、リーマン破綻の半年も前から急激に売り上げが落ちているといっていたから、リーマン・ショックによって更に業績悪化が加速したということだろうが、オフィスを狭いところに移したり、定番のリストラをして生き延びようとしている。

残念なのは、ビジネスモデルの転換を図ろうとしているところが少ない。

まあ、今を生き延びるので精一杯なのだろう。






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2009年10月07日

人相のよくない老人たちが目立つ民主党の党人事

今日、民主党の党人事があるというので期待していたが、知らない名前も多いしよくわからない人事だった。

まだ大手新聞社のWEBサイトには掲載されていないので、備忘録もかねて時事ドットコムから全文を引用。

幹事長代行に輿石氏=石井選対委員長−民主役員人事
民主党の小沢一郎幹事長は7日、党本部で記者会見し、党役員人事で「幹事長職務代行」を新設し、輿石東参院議員会長を充てると発表した。これにより、党と国会の運営は、小沢、輿石両氏が率いる体制が鮮明になった。また、選挙対策委員長には、来年夏の参院選に向け、参院議員の石井一氏を起用した。
 幹事長職務代行を設けた理由について、小沢氏は「参院選に向けて私が地方へ出ることが多くなる」とし、留守中の一定の役割を輿石氏に委ねると説明した。幹事長代理は「筆頭副幹事長」と名称変更し、高嶋良光参院幹事長が兼務。また、組織委員長兼企業団体委員長に細野豪志氏、総務委員長に奥村展三氏がそれぞれ決まった。細野氏は副幹事長も兼務する。
 一方、小沢、輿石両氏と菅直人国家戦略担当相が務めていた「代表代行」と、前原誠司国土交通相や石井氏ら6人が就いていた「副代表」は置かないこととした。 
 他の人事は次の通り。(敬称略)
 財務委員長=佐藤泰介▽広報委員長兼国民運動委員長=小川敏夫▽副幹事長=伴野豊、生方幸男、吉田治、阿久津幸彦、樋高剛、青木愛、一川保夫、広野允士、山根隆治、今野東、富岡由紀夫、佐藤公治。(2009/10/07-20:23)


メディアでは幹事長代理の本命に細野豪志氏がもっぱらだったが、枝野幸男氏とのダブル幹事長代理などもあるのではないかと期待していたが、上のようなわかりにくい複雑な人事になった。

小沢氏なりの深い考えがあってのことだと思うが、人相のよくない老人たちが目立ち、正直言って期待はずれの人事だった。

まあ、シロウトの期待などに斟酌する必要はないが。


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2009年10月06日

台風18号はメディアジャックの民主党政権を吹き飛ばすことが出来るか?

台風18号が明後日あたり(8日)日本に上陸しそうな気配で、テレビが過去に被害をもたらした台風と比較しながら、必要以上に煽るような報道が目立っている。

中心付近の気圧は日々上昇(910ヘクトパスカルから現在は940ヘクトパスカルになっている)して弱まっているのに。

僕の感じでは民主党を中心とする鳩山政権のメディアジャックに翻弄されているテレビが、彼らの日常を取り戻すために大きな区切りとして台風18号に状況を一変させるような大きな被害をもたらしてほしい、と期待をしているのではないかと思えるような報道振りだ。

サモアやスマトラの大地震でも鳩山政権の勢いは止められなかったから。

このままでは際限なく鳩山政権の一挙手一投足を追わねばならず、情報バラエティ番組があまりに政治に偏ってしまう恐れがある。

だが、政権交代のダイナミズムは凄まじく、今日はかつてなかった補正予算の見直し額が千石行政刷新会議省から発表され、明日は民主党の幹事長代理などの人事が決まるというし、参議院補選の公示もすぐだし、総選挙後初の臨時国会が召集されるし、鳩山首相、小沢幹事長だけではなく他の閣僚にも次々とお金にかかわる問題が発覚するし、オバマ大統領の訪日も来月にあるといった具合で、テレビがコントロール機能をとり戻すのは容易なことではないと思われる。

台風はよほど大きな被害をもたらさない限り、すぐに過ぎ去ってしまい、後には退屈な青空が顔を出す。

今、テレビはジレンマに陥っているだろうか。

僕は、テレビがジレンマに陥っているとしたらそれが正常で、これを機に、抜本的に変化してほしいと思っている。




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体力勝負の世界で弱者が勝ち抜くために

狛江のマクドナルドで、久しぶりに後輩のEプロデューサーと3時間あまり話しをした。

要約すると下記のような内容の話である。

一、大きく動くこと
一、多くの人に会うこと
一、人に喜びを与え続けること
一、手間賃を稼ぐこと

以上を実行することが、体力勝負になっている映画を含む映像コンテンツ産業界を生き抜くために必要なことであり、それをチームで行えるかどうかが成否を分けるというようなことである。

大きく動くこととは、想定したイメージを排除して混沌の中に身を投げ出すこと。スケールや予算規模の大きさではなく、”見る前に跳べ”とか”書を捨てよ、街に出よう”などと相通じる概念で、”ブレークスルー”ではなく”マッドスルー”でしか未来は切り開けないというような意味。

多くの人に会うということは、ネットやケータイを利用して広範な人とのコミュニケーションを図ることは当然だが、面倒をいとわず、リアル社会でより緊密な関係を築き上げることが肝要であるというようなこと。

人に喜びを与え続けることとは、たゆまぬ努力とその方向性を示唆する考え方。美味しい料理を振舞うように、具体的な企画を提示したり、有益な情報を提供したりすることもあるが、変わらぬ友情を相手に示すこと。

以上のことを実行するために、手間賃を稼ぐことが欠かせないということなど。

そんなことを、具体的な企画をあげながら3時間あまりしゃべったのだった。

僕は今回の政権交代が政治や社会の仕組みを変えるだけでなく、映画や映像コンテンツの内容にまでかかわってくると考えているから、話す時間があれば、僕の仲間や後輩たちに口うるさいぐらいに言ってしまうのである。

”つい”ではない。

確信犯として。

今日、Eプロデューサーは理解してくれたのではないかと思っている。

本日の人に喜びを与え続けることでは、Eプロデューサーに以前6ヶ月をかけて書いた企画『S』の企画書とシナリオのコピーを手土産に渡した。

まあ、原作・著作権まで渡したわけではないが、それが成果を得るかどうかもわからないが、6ヶ月間の時間を要した設計図の営業権は預けたのである。

Eプロデューサーはその意味が理解できる人物なのだ。

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2009年10月05日

人は死んで未来を切り開くこともある

日曜日の朝で割合のんびりしていた。

カミさんも娘も在宅で、テレビのチャンネル権はない身としては、コーヒーとトーストの朝食をとりながら、更新が少ないけれど日曜日のネットを見ていていた。

ネットは、サモア地震とスマトラ地震の続報、2016オリンピック招致で東京が落選したとか楽天がクライマックスシリーズ出場が決まったとかいうニュースで目新しさはなかった。

チャンネル権が回ってきたのはテレ朝のサンデープロジェクトからで、この番組で中川昭一元財務大臣が亡くなったニュースを初めて知った。

すでに忘れた人だったのでそんなに驚きはなかったが、それはテレビもそうだったようだ。

政権交代で民主党鳩山内閣の動向一辺倒のテレビは、あの自民党のこともおざなりで報道しているから、「えっ、それ何?」「後回しでいいでしょ」というような雰囲気があった。

痛ましい。

その後いくつかのニュースや情報番組でも中川氏の死が伝えられたが、各局で決まったように先のG7における”モーロー会見”の映像が繰り返し流された。

メディアとしてのテレビの暴力的なパワーと、ずば抜けた映像コンテンツ(演技を超越したリアルな醜態)とがあいまって、これにはどんな有力政治家といえども太刀打ちできないだろうと思った。

”絆創膏”の赤城大臣も”みぞうゆう”の麻生前首相もかなり面白かったが、世界に向けた会見でやらかした”モーロー会見”の前にはドメスティック・コンテンツでしかない。

中川氏は、町村氏や武部氏のように比例でも当選できず、落選の憂き目に合い、ことあるたびにあの”モーロー会見”がテレビで再生され、ネットでは全世界に常時配信され続けている。

これは、お坊ちゃんの二世議員でなくてもこたえる。

ましてや中川氏は、ご本人も意識していたと思われるが、少し苦みばしった2枚目だ。

あまりにも弱点が多すぎる。

人は誰も死ぬ。

90歳で亡くなった親父なんかはいいのだが、敬愛していた監督のY・K、しばしの間デスクをやってくれたK・Y嬢、幼馴染で医者のT・F、先輩マネージャーでありながらプロデューサーだったS・Mさん、後輩マネージャーのS君・・・他にもいるが、僕よりもずっと若く亡くなっている。

それぞれ死因はわかっている。

この記事を書いている今、行政解剖の結果、中川氏の死因は不詳だということらしい。

事故でもなく、病気でもなく、自殺でもなく、酒や薬の飲みすぎでもなく、56歳の若さで、ベッドの上で死ぬということはどういうことだろうかと思う。

僕は中川氏より5歳も年上なのだから。

かわいそうにというより、よかったねという気持ちがある。

中川氏の死に世襲政治家の悲哀が集約されているような気がする。

政治家としての無念より、政治家以外の人生を歩むことが出来なかった無念というものはないのだろうか。

中川氏の死によって、政治家の世襲を法律で禁止することではなく、世襲そのものが割に合わないという価値観が生まれ、新しい未来が開けないものだろうかと思った。






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2009年10月04日

政権交代で、NHKがいち早く変容か?

ちょっと飲みすぎての記事。


テレビのチャンネル権を持たないから、ケータイのワンセグでNHKの”日本の、これから「鳩山新政権に問う」”を見た。

見ながらまず思ったことは、予想通りというか、政権交代でNHKがいち早く変容していることであった。

鳩山政権べったりの放送内容だった。

出演者が、
内閣府副大臣…大塚耕平,内閣府副大臣…古川元久,北海道大学大学院教授…山口二郎,慶応義塾大学教授、元鳥取県知事…片山善博,首都大学東京教授…宮台真司,元官房副長官…石原信雄ほか
というメンバーだった。

他に勝間和代氏も出演していたが、民主党べったりの構成だったといってもよい。

でも悪くはない。

自民党があまりにひどかったから。

どんな選択で選ばれたのかはわからないが一般人も多数出演しており、なるべく偏らないようなバラエティに富んだキャスティングがされていて、民意で選ばれた政権与党と有権者が対等な関係で演出されていた。

そう見えた。

特に、出ずっぱりの内閣府副大臣…大塚耕平,内閣府副大臣…古川元久の二人がさわやかで、クール、明確、オープンな雰囲気が際立っていて、これまでの自民党政権とNHKとの暗黙の了解で作られてきた番組とは決定的に違っていた。

その違いをいちいちあげつらうつもりはない。

おそらく国民の多くがもう知っていることだから。

鳩山首相と小沢幹事長の政治資金問題を抱えながら、NHKと民主党中心の政権与党とのべったりともいえるいい関係が構築されていっていることは、すでに政権与党よいしょでコンテンツを埋めている民放の情報バラエティ番組に現れているように、もう自民党的なすべてが国民から見放されたことを物語っている。

古い上着を脱ぎ捨てた快感に近い。

自民党もメディアも国民が幸せになるという原理原則を長い間おろそかにしてきたから、国民も不幸せに慣れすぎて原理原則を忘れてしまっていたが、この番組を見ながら、今回の政権交代で国のシステムも国民の思考システムも根本的に変わるだろうと思った。

国民は鳩山首相にも小沢幹事長にも特別な思い入れはない。

自民党的なものがすべていやなのだから、それを打ち壊してくれる政治家が大塚耕平でも古川元久でもいいのである。

ただ、国民は新しい政権与党に大いなる期待をしている。

「人類の未来をリードしていってくれよ」ぐらいに。




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2009年10月02日

オリンピック2016は南米リオでいいのじゃないか


今夜遅く、2016年オリンピック開催地が決定するという。

olympic.gif

さっきコペンハーゲンで開かれている国際オリンピック(IOC)総会の最終プレゼンテーションをテレビで見たが、シカゴ、マドリード、リオデジャネイロ、東京の4都市が招致運動を展開しており、シカゴはオバマ大統領夫妻、マドリードはカルロス国王、リオデジャネイロはルラ大統領、ニッポンは鳩山首相など各国の元首級がスピーチをして盛り上がっているようだった。

リオとシカゴ(オバマ大統領の参加で一気に優勢になったらしい)がリードして日本は劣勢とメディアは報じているが、個人的には、開催が決まれば南米大陸で初めてとなるリオデジャネイロがいいのではないかと思っている。

コペンハーゲンでの日本のプレゼンテーションをNHKのライブで見ていて、鳩山首相のはつらつ振りに比べて石原東京都知事の顔に「すでに、もう勝負あった」というような表情が感じられたが、僕の思い過ごしだろうか。

都知事には悪いが、老いがうかがえる権力者の必死さ(吝嗇)は感じられたが、健康でさわやかな熱意は伝わらなかった。

ちなみに、2016年はリオデジャネイロで、2020年はアフリカのどこかの都市で開催されるといなと思っている。





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2009年10月01日

石川啄木は石川五右衛門の末裔のような若者だった?

10月になった。

10月から11月の季節は、暑くも寒くもなく、春のように埃りっぽくもなく、空気がりんとしていて、僕が最も好きな季節がやってきたというわけだ。

特に東京のこの季節は格別だ。

だが、この季節を秋と言ってしまうとちょっと違う。

冬にも春にも夏にも、他の季節では代用できない好きな時間があるからだ。

冬はセーターや革ジャンパーにマフラーを巻いて都会の寒風の中を歩く喜びがあり、春はかじかんだ体を解放に導いてくれるし、夏は汗と共に野生を取り戻すことが出来る。

秋は精神を澄ましてくれる。

今日の日記にこんなことを書いた。

政権が変わったことだし、10月になったことでもあるし、衣を替えるように頭の中も切り替えて、新しい企画を考えようとしている。

一つは、石川啄木のこと。故・金田一春彦氏が”石川五右衛門の子孫ではないか”と思ったという人物像にヒント。

一つは、日系アメリカ人に引き継がれた”ヤマト魂”のこと。だから、かつての”大和魂”ではない。

もう一つは、映画作りにおける新しいビジネスモデルの構築と実践。

シリコンバレーの学生が”誰も雇ってくれないから起業する”という論理と同じで、”待っていても一向に仕事が回ってこないから自分で仕事を作るほかない”ということである。

まあ、僕のマニフェストのようなものだ。


ここだけの話だが、啄木の『NIKKI1』に狙いを定めている。

”ヤマト魂”は、日系アメリカ人たちがハリウッドで製作した映画『Only The Brave』(日本未公開)と関係付けたい。

新しいビジネスモデルは、もう何十年も前からいつも考えていることだ。

秋は気持ちがいいからとぐずぐずしていると、すぐにせわしない暮れがやってくる。

暮れから正月にかけては仕事の少ないフリーランスにはつらい季節だから、アリとキリギリスのアリのように、あるいは冬眠に備えて栄養をつける熊みたいに、秋はせっせと仕事をしないといけない季節なのである。



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サモアに続きスマトラでも大地震

今朝サモアで大地震が起こったというニュースを見たばかりだが、さっきネットを見ていたら”数千人が生き埋め”という文字が眼に入った。

てっきりその続報か(さんご礁のサモアで大規模な生き埋めとはおかしいなあ)と思いながら記事を読んでいくと、今度はスマトラで大地震が起こったというニュースだった。

この記事を書いたのは、その連続性が気になったからだ。

別に激動する日本の政治と連動しているなどとは考えないが、世界金融危機、国連における環境や核の問題、中東や東アジア情勢、北朝鮮のミサイル、コペンハーゲンでのオバマアメリカ大統領と鳩山日本首相を巻き込んだオリンピック招致合戦など世界も平穏ではなく、つい結び付けたくなるような気分である。

そして、次は日本かと思ってしまう。











posted by 映画プロデューサー at 00:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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