2009年08月15日

オーラの泉に脚本家の倉本聰さんが出ていた

テレビの”オーラの泉”を観ていたら脚本家の倉本聰さんが出演していた。

この手の番組には出ない人だと思っていたが、ご本人が「気がついたら出ていた」といわれるように、いくつかの偶然(必然?)が重なって出演にいたったらしい。

僕は倉本さんとじっくり話をしたことはないが、最初にプロデューサーとしてかかわった映画『純』のもととなるシナリオは倉本さんの『純』であるし、マネージャー時代に何度かキャスティングのことやなんかで話をさせてもらったことがあった。

ある連続ドラマでレギュラーのKさんが倒れられたとき、Nプロデューサーが夜中の2時ごろ「倉本さんがKさんに代役で出演してほしいと言っているから何とかできないだろうか」と僕に電話をしてきたことがあった。

僕はすぐにKさんに連絡をとり、事情を話して翌朝現場に行ってもらったが、そして後日、倉本さんから直接お礼の言葉をもらったことを覚えている。

で、その後、倉本さんが書かれる他の作品で所属の俳優をいろいろ売り込んだが、一度も使ってもらったことがなかった。

作り手はこれでいいのだなということを学んだ。

それがいいか悪いかは別として。

そんな倉本さんのよくわからなかったことが多少わかって、番組は面白かった。

売れっ子の倉本さんが北海道(富良野)に拠点を移され、”富良野塾”など独自の活動をされたことはよく知られていることだが、後に僕が活動の拠点を九州に移したこととも無関係ではない。

まあ、僕は倉本さんのように大きな実績を残していないから、いや失敗の連続だったから、比べようもないことであるが。

いずれにしても、勝手にシンパシーを感じているところがあった。

オーラの泉で倉本さんが、「もう『北の国から』を書いた頃からは、自分で書いているというより、何者かによって書かされている」というようなことを話されていたが、ちょっと倉本さんのわからないところの一端がわかったような気がしたからだ。

その意味で、今夜のオーラの泉は面白かった。


posted by 映画プロデューサー at 22:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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