2009年05月18日

関西が新型インフルエンザという大災害に見舞われている

関西がすごいことになっている。

新型インフルエンザという大災害に見舞われている。

新聞の見出しを拾ってみると、

新型インフル:大阪の全府立高など1週間休校 橋下知事(毎日新聞)

登校したら休校「えー」 遅い決定、連絡網なく伝わらず(朝日新聞)

修学旅行中止、駅で告げられた 大阪の中3「うそやー」(朝日新聞)

新型インフルで社員の移動制限広がる 味の素、関西出張見合わせ (日本経済新聞)


数千万人に及ぶ地域が隔離されているかの印象を受ける。

「大げさすぎるのでないか」とか「常軌を逸している」とか言えない雰囲気がかもし出されながら、各紙の見出しにはある種の「はしゃぎ」めいたものが感じ取られる。

しばらく目が離せない。
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2009年05月16日

”南無阿弥陀仏とケータイ”とは、中国はすごい!

これからは古いものと新しいものが結びついた商品やコンテンツが売れると思っていたし、そんなことを何度か書いたことがあるが、この記事には驚くというより負けたと思った。

どこでも拝める「南無阿弥陀仏ケータイ」--中国トンデモケータイ図鑑

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宗教をコンテンツに取り入れたら面白いと思っていたが、ハードに取り入れているところがすごい。

一台100万円とか300万円のケータイなどとは根本的に異なり、まったく新しい世界観を提供している。

この発想はなかった。

いつも柔軟な頭脳であろうと思っているが、無知とも重なり、硬直化している自分を反省する。

ただ、この商品が実用化されたことで、更なる発想が広がったことも事実である。

また、アメリカはすごいなあと常々思っていたが、中国はそれに輪をかけてすごいなあと思った。

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2009年05月15日

ヤフーブログに”狛江のお宝探し”というサイトをリニューアル開設した

2006年頃、ヤフーブログに『筑豊番外地』というサイトを開設したがひどく使いづらいブログで、1・2度更新しただけでずっと放りっぱなしにしていたのを、つい最近、『狛江のお宝探し』というタイトルでリニューアル開設した。

狛江のお宝探し

実を言うと、今もヤフーブログははなはだ使いづらくて、頭に来てブログごと削除しようかと思ったが、そこは「腐ってもヤフー」と再度思い直して、『狛江のお宝探し』をリニューアル開設したというのが真相だ。

ブログ開設の意図を”狛江のお宝探し”ブログ開設のご案内記事で紹介しておきます。

お暇な方はどうぞ。

”狛江のお宝探し”ブログ開設のご案内

新参者の狛江市民です。

このたび、”狛江のお宝探し”というブログを開設することにしました。

ミクロからマクロまで、自分の目で見たり、聞いたり、じかに触ったり、確かめたりしたことを紹介していくつもりです。

狛江が”寝床の街”ではつまらないからです。

狛江市に引越しをしてから約1年2ヶ月が過ぎても、狛江のことがよくわからないでいます。

小田急狛江駅周辺とか、市役所とか、図書館とか、多摩川に行く道とか、野川緑地公園とかはわかるけど、人のことがまったくわからない。

人は宝と言います。

人と人との関わり方もよくわからない。

市内には田んぼこそないけど、大きな家に隣接する畑があちこちに点在していて、路地売りの野菜なども各所にあり悪くない雰囲気だが、売る人と買う人の関わりが薄そうです。

経験的に。

市役所前の広場でしばしば催しが開かれているが、悪いけど盛り上がった様子はない。

これも経験的にそう思う。

図書館にはインターネットを閲覧する設備もないし、一度に借りられる書籍も8冊までと限定され、蔵書もしょぼい。

特に、いまどきインターネットサービスがない図書館なんて全国でも珍しいと思う。

保険料やゴミ袋も高いという。

カミさんの言。

市役所の標語は「水と緑の住宅都市」らしい。

野川は埋め立てられて歩道になっているし、多摩川は市のはずれを流れているだけだし、人口密度は東京都内で2番目というように住宅が立ち並んで緑はさほどおおいとは思えないし、まあ住宅都市ではあることは間違いがないが、それだけなら「寝床の街」でしかない。

他になんかあるだろう?

個人的には野川緑地公園はよく利用するし、春にマルタウグイが遡上する頃には多摩川に行ってルアーを投げることもある。

悪くはない。

いや、狛江の大きなお宝だと思う。

だけど、人間は欲張りである。

他にもお宝はないかと思う。


ということで、開設したのがこのブログです。

狛江に引っ越してきた新参者が、野川緑地公園や多摩川のもっといいところを見つけるとともに、エリアのお宝を探し出そうというのが目的のブログです。

何せ新参者ですので、狛江市内にお隣のY監督以外ほとんど知り合いがいません。

どなたでもよろしいですから、何か狛江のお宝という情報がありましたらお気軽にお知らせください。

自分の目で確かめて、このブログに紹介していきたいと思っています。


自分が住んで、暮らしているところが”寝床の街”ではつまりません。

というか、基本的にフリーランスなので狛江市内にいることが多く、重箱の隅をつつくみたいに狛江を見る傾向があり、その辺を取り上げていったら意外と面白いかもしれないなと思ったからです。

”寝床の街”にもこんな面白いところがある、といったようなブログにしていくつもりです。


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2009年05月14日

10年前にネット時代を見据えて”実践すかぶら塾”をはじめたが

最近、梅田望夫氏と斉藤孝氏の対談を新書にまとめた『私塾のすすめ』(ちくま新書)を図書館で借りて読んだ。

読みながら、10年ほど前にパソコンを買ってインターネットを始め、ホームページを開設した頃のことを思い出した。

朝から晩まで連日パソコンに向かって体を壊すほどネット三昧の生活を数年間にわたって送ったことがあるが、その間にいくつかの新しい挑戦を試みたことがある。

地域エリアサイトや賞金つきバナーコンテストサイトを立ち上げたが、
「もしかしたら、これからは株式会社の時代が終わって、塾の時代になるのではないか」なんて考えて、ネット上で”実践すかぶら塾”というのを始めたことがある。

もちろん僕が塾長で。

今となっては相当恥ずかしいものがあるが、来るべき未来に向けてワクワクするような気持ちでいっぱいだったことを思い出す。

本当に恥ずかしいけれど、今はネット上から削除してしまったページだけど、あえて、この記事のために再度アップしてみることにした。

その前に、その一部を紹介すると、

インターネット・カルチャー・ビジネスを目指して

実践スカブラ塾とは?
 
企画立案能力の向上を目指しながら、インターネットの特性を生かして、企画立案、プレゼンテーション、実行までを皆で楽しもうというものです。
インターネットの特性とは、メール、掲示板、HPなどです。ここから、メーリングリストやWebマガジンの発行などに広がっていったら面白いと思います。
さらに実践スカブラ塾では、これらを徹底的に活用しながらいくつかの企画を同時並行で進め、インターネット・カルチャー・ビジネスへの展開を本格化していきたいと考えています。



九州の片田舎に住んでいて、孤立無援のときで、本気で”実践すかぶら塾”からインターネット・カルチャー・ビジネスに発展させていきたかったのだと思います。

下記は、その一部をさっきネット上に再アップしたものです。

実践すかぶら塾
http://www.pine-wood.com/sukabura/juku1.htm

ああ、なんという稚拙さ・・・・・・・。


思いつきで塾を始めたものの、塾長はまめさには縁がなく、メンバーも無理やり参加させられたり、ものめずらしさで名前を連ねただけであったり、その結果アイディアは出ずじまいで掲示板(後に炎上して閉鎖)も活用されず、数ヶ月で自然消滅してしまったというのが”実践すかぶら塾”でした。

で、なぜ今頃になってまた”実践すかぶら塾”を取り上げているかというと、やっとそんな時期が来たのかなと思ったからである。

当時と違って、ブロードバンド環境が整い、ブログもあり、Youtubeもあり、ニコニコ動画もあり、ケータイサイトもあり、何よりもインターネットが一般化したからである。

同じことをするつもりはまったくないが、ネットを介して再度”塾”を始めたいと思っている。

今度は継続できるように、じっくりと考えながら。

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2009年05月13日

携帯専用テレビ局「BeeTV」に関する江口靖二氏の記事

昨日、エイベックスとドコモが組んでスタートした携帯専用テレビ局「BeeTV」について”エイベックスとドコモの携帯電話専用テレビ局「BeeTV」がひどいらしい”という記事を書いたばかりだが、今日は江口靖二氏がIT+PLUSに下記のような記事をアップされていた。

エイベックスとドコモが組んだ「BeeTV」の挑戦的な映像ビジネス

この記事は江口氏がIT+PLUSに連載中の”江口靖二のテレビの未来”の最新のもので、僕は以前からの読者の一人であり、氏の記事に教えられることも多々あったが、上の記事で書かれているようにBeeTVが「一年後が非常に注目されるサービス」とは思わなかった。

昨日書いた岸博幸さんと関わり方がどこか似ている。

江口氏もコンテンツ作りの頂点にあるのがテレビだと思われていると推察するが、その辺のところに物足りなさと多少の不満を感じてしまうのである。

参考のために岸博幸氏の記事も再度取り上げておこう。

携帯専用テレビ局「BeeTV」は儲かるネットメディアになれるか

実をいうと僕は、「BeeTVはもっと注目されていいサービス」だと思っていた。

地上波テレビが絶対出来ないことがやれるメディアだと期待をしていた。

ところが制作の中核を、フジテレビだったりテレビの制作プロがしめていて、正直呆れてしまった。

だって、今や地上波テレビってダサいものの筆頭だと思うから。

テレビ局を辞めて取り組むというのならまだしも、新たな広告外事業収入獲得のための学習の一環として組み入れられているとしたら、なんと間抜けなことだろうなんて思ってしまう。

まあ、スタートがひどい営業成績だったとしても、修正に修正を重ねていって結果良しとなればいいとも言えるが、もっと自由奔放な、破天荒な、やんやの喝采を浴びるようなやり方があったはずなのにと思うのである。

昨日も書いたが、海のものとも山のものともしれない若者たちを起用して、メジャーでもマイナーでもない”混沌”をつくりだして、新しい潮流を生むようなダイナミズムが求められているのであって、BeeTVの1年後のことなんかユーザーは何も期待していないのである。

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2009年05月12日

エイベックスとドコモの携帯電話専用テレビ局「BeeTV」がひどいらしい

エイベックスとドコモが組んで携帯専用テレビ局を設立するというニュースは昨年9月に発表されたが、今年の5月1日から「BeeTV」としてスタートした。

エイベックスのIRニュース「合弁会社に関するお知らせ」(2008年9月30日)

このニュースから気になっていた箇所を引用する。

【コンテンツパートナー企業及び制作者】

1.パートナー企業一覧

株式会社フジテレビジョン
株式会社オズ 『リング』『呪怨』『THE JUON/呪怨』
株式会社ロボット 『ALWAYS 続・三丁目の夕日』『踊る大捜査線THE MOVIE』
株式会社イースト 『僕らの音楽』『どうぶつ奇想天外!』『熱血!平成教育学院』
株式会社ハウフルス 『カミングアウトバラエティ!! 秘密のケンミンSHOW』
『THE 夜もヒッパレ』『タモリ倶楽部』

2.主な制作者

株式会社フジテレビジョン
▼大多 亮(おおた とおる)
・執行役員 編成制作局ドラマ制作担当局長
・「東京ラブストーリー」、「101 回目のプロポーズ」、「愛という名のもとに」、「ひとつ屋根の下」などの
テレビドラマをプロデュースし、トレンディドラマの生みの親といわれる。2004 年プロデューサー業に
復帰し、「プライド」、「愛し君へ」、「東京湾景 〜Destiny of Love〜」、「ラストクリスマス」の月9 ドラマ
を制作している。

≪ドラマ制作センター 最近の主な作品≫
「CHANGE」「ガリレオ」「薔薇のない花屋」「医龍 Team Medical Dragon2」「コード・ブルー」「SP」
「のだめカンタービレ」「プロポーズ大作戦」「ラスト・フレンズ」など
▼港 浩一 (みなと こういち )
・執行役員 編成制作局バラエティ制作担当局長
・「オールナイトフジ」、「夕やけニャンニャン」、「とんねるずのみなさんのおかげです」等のディレクターを
務め、その後多数の人気バラエティ番組を制作している。

≪バラエティ制作センター 最近の主な作品≫
「とんねるずのみなさんのおかげでした」「HEY!HEY!HEY!」「クイズ!ヘキサゴン」「はねるのトびら」
「めちゃ×2イケてるッ!」「爆笑!レッドカーペット」など
▼西渕 憲司(にしぶち けんじ)
・情報制作局長
・朝の情報番組で視聴率トップを2001 年7 月から86 ヶ月連続で獲得している「とくダネ!」を、チーフ
プロデューサーとして立ち上げるなど多数の人気情報番組を制作している。

≪情報制作局 最近の主な作品≫
「めざましテレビ」「めざましどようび」「とくダネ!」「サキヨミLIVE」「ザ・ノンフィクション」
「たけしの教育白書」など

株式会社オズ
▼一瀬 隆重(いちせ たかしげ)
・映画プロデューサー。映画製作会社の株式会社オズ代表取締役、アメリカ法人オズラ・ピクチャーズ社長。
・84 年に、23 歳でプロデューサーとしてデビュー。87 年に『帝都物語』で初めてメジャー作品をプロデ
ュース。『リング』『仄暗い水の底から』『呪怨』が連続してハリウッドでリメイクされ、全世界にJ ホラ
ーブームを巻き起こす。『呪怨』のリメイク版である『THE JUON/呪怨』では自らプロデューサーとして
参加し、続編『呪怨 パンデミック』と続けて全米興行収入1位を獲得。20 世紀フォックス社と日本人
初のファーストルック契約を締結し、ハリウッドでも活躍している。
≪主な作品≫
『帝都物語』『就職戦線異状なし』『リング』『呪怨』『『THE JUON/呪怨』
『いぬのえいが』『感染』『予言』『輪廻』『犬神家の一族』『シャッター』『GOEMON』
以 上


BeeTVはフジテレビを下請け会社として使っているなどと業界内部ではひそかに語られていたが、それはこのビジネスモデルが”大コケ”するのではないかという予感を含んでいるものだった。

単純に言うと、地上波テレビととケータイはまったく異なるメディアだからである。

映画とテレビとケータイはまったく異なるメディアだが、テレビ局がコンテンツ作りの頂点と考えている識者の一人・岸博幸氏が4月6日付けで下記のような記事を書いていた。

携帯専用テレビ局「BeeTV」は儲かるネットメディアになれるか

岸氏が言うように、課金サイトとしてのBeeTVはビジネスモデルとしては新しいかも知れないが、コンテンツ作りのことがわかってない典型的な記事だと思う。

僕は”大コケ”するといってきた一人であるが、成功して欲しいと願っている一人でもあった。

でも、上に引用したような作り手によって、まるで安手のテレビを作るような按配でコンテンツがつくられ、そのまんまユーザーに供用された。

言い方は悪いが、スタート時の資本金35億円に群がった大小のアリたちがせっせと稼いだという図式だ。

”大コケ”しないはずがないではないか。

まだスタートから2週間しかたってないから想像の域でしかないが、いや、相当ひどいらしいという内部情報も聞いているが、抜本的な改革が必要になるほどの”ひどさ”であるはずだ。

抜本的な改革とは、上に引用したところをすべて切って、海のものとも山のものともわからないような若い人たちを起用して、映画や地上波テレビでは絶対出来ないものを目指すべきなのだと思う。

早ければ早いほどいい。

海のものとも山のものとも知れない若者たちにチャンスを与えるべきなのだ。

それが、BeeTVの成功につながる唯一の方法だからだ。

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2009年05月10日

新しいビジネスモデルが生まれない映画業界

比較的小さな映画配給会社の経営状況が悪いという話は業界内で聞いていたが、洋画を主に配給していたワイズポリシーが破産したらしい。

東京商工リサーチ情報

連鎖倒産する会社もあるとの噂も聞こえる。

その前に、映画製作会社を含む制作プロダクションの経営がひどく、倒産しようにも倒産できないような状況に陥っているようなところもある。

そんな状況はもう何十年も前から続いていることで、弱小の制作プロがよりひどい状況になっていることは、以前になんども書いたように映画業界の構造上の問題であり目新しいことではない。

今回のワイズポリシーの破産は、映画のDVDパッケージが以前のように売れなくなったからであり、これまでの映画配給のビジネスモデルが壊れたということであり、構造上の問題が配給という流通にも拡大したということなのではないかと思う。

これから、テレビ局を中核とする製作・配給体制でないと生き残れないという状況が、ますます加速していきそうだ。

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2009年05月09日

電通が上場以来初の赤字

5月7日の発表ということで、少し遅れてこのニュースを知ったが、大手マスコミなどの報道が少ないような気がするが気のせいだろうか?

ネット関係のニュースサイトも。

エキサイトニュースから
電通、単体で327億円の赤字
 電通は5月7日、平成21年3月期の業績予想を発表。連結、単体ともに大幅な赤字となった。

 今回発表された平成21年3月期通期の業績予想では、2月の前回予想よりも売上高、営業利益、経常利益は増加したものの、純利益が大幅にダウン。連結では204億5300万円、単体では327億7100万円のマイナスとなり、2001年の上場以来はじめての最終赤字となった。

 赤字転落の理由として、電通は投資有価証券評価額約510億円(単体では約555億円)の計上をあげている。


電通発表のPDF

すでに昨年から広告・メディア業界の末端はアップアップしていたが、電通赤字の影響はどの程度に及ぶのだろうか。

「激動のメディア業界になるだろうな」というと、末端に位置する後輩の一人は「いやあ、慣れてますから。いつも激動ですもん」と元気だったが。


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2009年05月08日

酒とタバコという習慣(常習か)

今夜はどうも酒を口にすることが出来ず、しらふで過ごさなくてはならないようだ。

タバコは手元にある。

もう40年ほど酒とタバコが常習化している。

酒は病気になったときなど何日も飲まなかったことがあるが、飲めるのに飲まなかったことはめったにない。

意地汚いから何とかして飲もうとする。

タバコは中毒に近いというか中毒そのものだと思う。

3年ほど前に、事情があってタバコをやめないといけなくなり、毎日50本吸っていたのを徐々に減らしながら、一日に4・5本まで減らしたことがある。

その間1ヶ月あまりだったが、くわえている禁煙パイポに2・3度火をつけてしまったり、タバコをポケットに入れて持っていたほうが楽にやめられると勝手に思っていて、吸ってはいけないシチュエーションで思わずポケットから取り出して吸ってしまったりとか、えらくつらい日々だったと記憶している。

そして、事情が変わってまたタバコを吸いだしたが、おかげで一日に吸う量が半分の25本ぐらいになった。

ただし、ハイライトから赤いラークのロングサイズに変え、できるだけ根元あたりまで吸おうとする(ここでも意地汚い)から、正味半分になったわけではないと思うが、禁煙の努力の甲斐はあったようだ。

飲まないで寝るのはさびしいものがある。

ピロリ菌治療薬を飲んでいるときですら、しらふのまま寝床に入るのはさびしかったのだから。

いずれにしても、意地汚いというかあきらめが悪い男です。



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決して、集合知は”神”になれない

何年か前に、ある物語を構想したことがある。

グーグルのようなアメリカの巨大ネット企業が、これまでになかった”神”(クローズアップされなかったも含めて)を世界中から探し出し、拉致し、コントロールしながら、自社のオリジナルブランドとして育て上げるという内容だった。

そのときに、巨大ネット企業が眼をつけるのがキリスト教的にいうと”宗教の名前に値しない”存在であるアニミズムであり、巨費を投じたプロジェクトを組んで世界中のシャーマンをしらみつぶしに収集するところから物語が始まり、彼らを内部に取り込み調教をしていくうちに感染症にかかったように内部が溶解し、崩壊していく様を描きながら、キリスト教的世界の限界を描き出そうとする壮大な(自分としては)企画だった。

もちろん、まだ構想は継続中ではあるが不勉強や怠け癖がひどく、大学ノートに思い付きを書いているままになっている。

今は100年に一度の経済危機とか言われているが、それもまあ政治家や経済評論家やマスコミのポジショントークで、そうたいした問題ではないと経済に組み込まれていない存在としては思っていて、最大の問題は1000年に一度の変わり目が来ているのではないかということで、その問題の大きさに太刀打ちできないでいるというのが本音であり、自分自身に対するいいわけなのである。

古代ギリシャ哲学や孔孟の思想や釈迦などの時代に、いやもっと古い原始的な世界に戻り、いやもっと以前の大自然の中に身をおいて、一から考え直す時期代が来ているのではないかと考えると、とても手に負えるシロモノではないなとさじを投げたくなる気分なのだ。

集合知の威力は認める。

だが、どんなにアグリゲートしていっても”神”は見出せないと僕は考えているし、巨大ネット企業もきっとそう考えているのではないかと思う。

経済はもう世界の主流ではないと思うが、そう公言し、新しい主流を提示するのは、酔っ払ってでもいないととても言えたものではない。

もしかしたら、”酔っ払って言う”ということが最も重要なことかもしれないからだ。

知ったかぶりが通用しない。

本音の時代だ。

経済とあるいは権力とセットになったポジショントークの時代が終わり、新たなクライアントと結びついたシャーマンの怪しげな言葉が幅を利かす混沌の時代が到来するのではないかと思われる。

すでに、もう来ているか?

例えば、ブログを新聞や雑誌に替わるメディアと考えること自体が古いのだ。

代替メディアとしての機能も果たすが、それ以上のことをすでにし始めている。

クォリティの高いブログなど必要がない。

ブログは混沌の場でしかないし、だから優れていいのだ。

ブログは酔っ払って言いたいことが言えるメディアである。

無料で。

なくなったって、どうてことないメディアであることが、唯一ブログの存在意義なのだ。

先の構想に戻る。

きっと、新天地には”神”がいると思っての構想だったのだろうが、ちょっと商店街の路地の隙間にお稲荷さんでも持ってくるかというような発想ではとてもしょいきれるテーマではないことが、浅学の僕にもわかったのだと思う。

ここまで書いて、うまくまとめようとしたがそれがよくない。

昨日の内にアップするつもりが、もう0時を過ぎている。

小ざかしいことはやめて、このままアップしよう!

こういういい加減さが必要だなんて思いながら。

おやすみなさい。



posted by 映画プロデューサー at 00:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 創作ノート | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月06日

かわいい神様と悪魔が世界を変える?

日本は世界に冠たるコンテンツ大国になれるかもしれないと思った。

宗教の名には値しない神様を信じているから。

内包している?

自然崇拝。

動植物にまで神様が宿っていると考えている。

アニミズムとシャーマンの世界。

無宗教なんていいながら、仏教・儒教・道教・神道はおろかキリスト教まで取り込み、もはや楽しんでいるとしか言いようがない。

日本人はかわいい神様をつくり続けているのではないかと思った。

同時並行でかわいい悪魔も。

そして、神様や悪魔たちの家族・友人・先輩後輩・恋人たちなどおびただしい仲間たちを次々と作り出しているのではないか。

なんとなくそれは作り出されているのではないと思う。

アトムも、ドラえもんも、アンパンマンも、ポケモンのピカチューも、とても神様に似ている。

まったくアニミズムの世界だ。

ガイアの世界にも通じる。

地球環境問題を考えるとき、人間だけでなくすべての生き物たちに目を向ける必要がある。

日本のかわいいキャラクターたちは、”宗教の名には値しない”自然崇拝への天使(導火線)の役割を担っているのではないかと思った。

魚(獲物)をおびき寄せる”撒き餌”と表現することも出来る。

一網打尽にするための。

ニコニコ動画を見ているとき、せつな的で、すさんだような気分になることもあるが、凄まじいエネルギーを感じるときもある。

そういう意味で、ネットが果たす役割は想像以上かもしれない。

グーグル程度ではなく、1000年単位の大変革の予兆を日本の”かわいい”に感じている。

まあ、そう信じたほうが面白いからともいえるが、そこに加担しなければうまみはない。

まだ”そこ”はないと思うが。


posted by 映画プロデューサー at 23:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

つまらない日本

なんかおかしいと思う。

連休中で、ドッグイアーを標榜するサイトの多くが、旧来のメディアと同調するかのように更新されていない。

変化がない。

CNETJAPANとかITMEDIANEWSとかもそうだ。

ふと思った。

ネットのポータルサイトや、そこに広告を掲載している企業などのサイトを見ていると、すごく田舎っぽい。

デザインの問題ではない。

満足とおごりが見て取れるのだ。

古臭い。

若い人たちがやっていると思われるが、すでに精神が古い。

大半が、成功のスキルに乗っかって管理・運営されている。

渦中にいる人はわからないかもしれないが、ちっとも新しいことなんかなく、古臭くて格好悪い。

瞬時にコモディティ化される。


人が。

内容が。

デザインが。

スキルが。

未来が。


いつの間にか、若い人が年寄りがやっているような仕事をしている。

テレビがやったことを、廉価にやっているだけ。

耐え難い。

若い人たちがしょうもない仕事をしている。


酒を飲んで、深夜、書かないでもいいことを書いただけなのだろうか。

ポータルサイトや人気サイトが、思い上がって、重厚長大な企業と同じような状態に陥っているとはいえないのだろうか。

ちっとも愛情が持てないのだ。

かわいくない。

鉄のよろいを着ている。

鉄仮面をつけている。

「なんか文句あるの?」という顔をしている。


若いみそらで、安定を求めている。


結構飲んで、疲れ果てて書いている。

でも、ネット上だって、つまんないと思う。

せめて、自分のブログぐらいワクワクするようなことを書きたいと思うが、若いゾンビの群れに対して何が出来ようか。


少し飲みすぎて書いた。


”私”以外の、天邪鬼のような別の存在が書かせた記事だと思って、アップすしよう。

まあ、昨日の続きか・・・。

これでよしとしよう。

疲れ果てた。

若いのに、わかりきったような顔の、シラーとした連中が多く、とても耐え難い。



posted by 映画プロデューサー at 02:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

私は天邪鬼を飼っている

ひらめきと直感は違うと思う。

これまでは直感を大事にしてきたが、最近はひらめきに頼って生きている。

だが、ひらめきと直感の違いはおおよそわかっていても、論理的に説明できる知識も教養もないから、少しでもわかろうとして脳科学の茂木健一郎氏やロボット工学の前野隆司氏の著作を読むことが多い。

哲学や宗教、バイオに関する書籍もよく読む。


ずっと昔、「私の中には天邪鬼が住んでいる」と書かれた文章を読んで、もう誰が書いたのかは忘れてしまっているが、なんとなく「嫌な大人だなあ」と思った記憶がある。

「私は天邪鬼だ」と言えばいいのに・・・。

”人を小ばかにしたような””自分だけがわかっている”と言いたげな様子が鼻について、”嫌な大人”だと感じたのだと思う。

そして数十年が経過して・・・。

今、僕にははっきり言えることがある。

「私の中には天邪鬼が住んでいる」と。

天邪鬼は”私”ではない。

”私”はこれまで自分の中の天邪鬼を制御しようと努力してきたが、力で制御するのは難しいことがわかった。

理由は、力の問題ではなく、”私”より天邪鬼のほうが素早いからである。

天邪鬼は常に”私”の一歩先を走っていた。

天邪鬼は”私”より先に判断し、行動し、かく乱する。

腕力で押さえ込めるわけがない。

ところで、天邪鬼とは一体何者なのだろう?

もう、死語か?


そこで、天邪鬼を辞書で引いてみた。

あまのじゃく3 【天の邪▽鬼】
〔補説〕 [2] が原義

[1] 人の言うことやすることにわざと逆らうひねくれ者。つむじまがり。あまのじゃこ。

[2] 昔話に悪者として登場する鬼。「瓜子姫」に出るものが有名。記紀神話の天探女(あまのさぐめ)に由来するともいわれる。

[3] 仏像で四天王や仁王が踏みつけている小さな鬼。また、毘沙門天(びしやもんてん)が腹部に付けている鬼面。

[4] 鳥キタタキの別名。



これじゃ、僕でなくとも「私は天邪鬼だ」とは言えないわけだ。


天邪鬼は何かに直面したとき、”私”がじっくりと考える前に、瞬時に判断をする存在だ。

またあるときには、”私”がよく考えて判断を下そうとすると、遠くのほうから、あるいは木の上から冷ややかな目で見つめていて、”私”の判断を変更させようとすることもある。

天邪鬼は”直感”に似ている。

実に素早い。

だが、振り回されてはいけない。

天邪鬼は人間離れしている。

爬虫類や鳥や獣に似ている。

「私の中には天邪鬼が住んでいる」という言い方が、手に負えない天邪鬼を上手に閉じ込めるかごを設定したのだとしたら、先人の知恵に学ばぬ手はないとも思った。

炭鉱の坑内でさえずるカナリアのように、”私”というかごの中に天邪鬼を飼っておけば、決定的な局面で役に立ちそうだなんてほくそえむ。

そして、ここまで書きながら、突然、「私は天邪鬼を飼っている」というフレーズがひらめいた。

今、一方でなんとおろかなヤツと自分のことを思うが、いた仕方がないことだ。

きっと、天邪鬼とも異なる、別な存在の何物かが私の中に住んでいるに違いないからだ。

「何かペット飼ってる?」

と誰かに聞かれて、

「ああ、天邪鬼を一匹!」

と答えることが出来たら、最高の気分だろうななんて思った。

そして、最初に書いたようにひらめきと直感は違うが、しっかりと結びついていると思った。

天邪鬼はひらめきにとって、幸運を呼び寄せる最強のセレンディピティではないかと。



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2009年05月04日

警官と受動意識仮説の関係

昨日に引き続き、朝からずっと部屋のパソコンに向かって作業をしていた。

多少集中していたからだと思うが、大事な買い物(自分用の燃料)があることを忘れていて、夕方近くなって気付き、慌ててチャリで喜多見駅側のスーパーに向かった。

浅ましくも、意識がパソコン画面から燃料に切り替わってはいたが、途中の移動行為は上の空で、ただチャリのペダルを踏んでいるような状態になっていたと思う。

もしかしたら、昨日から読みかけている『脳はなぜ「心」を作ったのか』(前野隆司)のテーマである、゛受動意識仮説゛のことを考えていたかもしれない。

ガード下の七差路にさしかかったとき、取締り中の二人の警官の姿が目に入り、ハッとして、思わず片手を肩の方に伸ばしてシートベルトを絞めようとした。

チャリなのに…。

しかも、焦って何度も何度も。

チャリが警官の目の前につくときにはバカバカしい事態を把握していたが、二人の警官の顔が呆気にとられたような、笑いをこらえているような表情に見えた。

燃料を仕入れて、再び七差路に戻って来るまで10分足らずが経過したろうか。

二人の警官の姿を再度見るまで、さっきのことはすっかり忘れていた。

二人の警官と目が合ったら、今度はどちらも明確に笑顔を見せた。

つい、こちらも笑顔で応えた。

参考までに、

前野隆司氏のページ

posted by 映画プロデューサー at 21:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月03日

大根仁さん、映画『GOEMON』の紀里谷和明監督のことですか?

ゴールデンウィークだというのに、部屋で一日中パソコンに向かって作業し尽くめなので、多少欲求不満がたまっている。

だからだと思うが、数日前に読んだ大根仁さんのブログ記事のことを突然思い出した。

大根仁のページ

なかなかここまでは書けない。

ぼやき

この世には良いバカと悪いバカがいるんだが
紀里谷和明ってのはただのバカなんだなありゃ。
精神年齢が低すぎる。
「カメラとMACがあれば誰だって映画を作れるんだぜ!」
とかお前に言って欲しくない。
「あと実家の資産も必要だけどね!」って付け加えておけ。
そんで木村大作の「剣岳・点の記」観てさっさと田舎へ帰れ。


大根さんとは面識がないが、僕が企画に絡んでいるある映画の最有力監督候補だった(期待していた)ので、この2年ほど定期的にブログをチェックしてきた。

いつか一緒に仕事ができたらいいなあなんて思いながら。

で、上記の記事である。

大人気ないとは思わない。

大人気ないというなら、このような記事を書いている自分が軽はずみで、実に大人気ないのである。

ここまで書いて、大根さんのページにトラックバックしてみようかなどと考えている。

紀里谷和明氏にも面識はない。

映画『GOEMON』の一瀬プロデューサーにはずいぶん昔に会ったことがあるが。

大根仁氏にも紀里谷和明氏にも一度も会ったことはないが、なんとなく大根仁氏に加担したくなる自分がいるので、この記事を書いているわけなのだ。

で、この記事をどうしたものかと改めて思いながら、悩んだふりをしながら、当然のようにアップすることにした。

と、トラックバックも忘れずにと思ったら、大根仁さんのブログにはトラックバックもコメント欄もない。


どうする?

まあ、いいや。

どうせ軽はずみで、大人気ないのだから。

でもね・・・と、思いつつ。




posted by 映画プロデューサー at 22:44| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット上から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

沈思黙考というか神がかるというか

いわゆる”ひらめき”がなくては仕事にならないことが多い。

ひらめきは突然やってくることもあるが、最近は、意図的にその状況をセッティングしなければまずひらめかない。

沈思黙考する時間が必要である。

静かな環境で自分を無にする必要があり、本当は禅寺で座禅なんか組むのがいいと思うが、近所の公園のベンチに座って簡易に済ましている。

沈思黙考は口で言うほどやさしくはないが、我慢して続けていると、ひらめきがやってくることがある。

僕の場合、神の啓示というようなひらめきではなく、”すべてのビジネスはソリューション産業である”のようにすごく俗っぽい言葉となって現われる。

その言葉をノートにメモして、再び沈思黙考すると今度は”地球上の神々の子供たちと宇宙の絶対神をつなぐマネジメント神のサーバントであれ”なんて言葉が頭に浮かんでくる。

こうなると、「神がかってるなあ」と思わざるを得ないような事態だ。

かつて高校生のころ、よくわからない単語がいっぱいある英文の試験で、すらすらと訳文が浮かんできて「結構いい文章だな」なんて思っていたら0点だったことがあるが、そのときの状況にとても似ているような自信のない気分でもあるのだが。

だが頭に浮かんだことは事実で、さらに沈思黙考を続けると”この世とあの世をつなぐ空間”というイメージが湧いてきて、その空間を名づける言葉として”トランジット・スペース”という英語の語句がひらめいた。

以上は、今年の桜が咲き始める頃から散り終わる頃までの実体験だが、”この世とあの世をつなぐ空間”を自分の立ち位置として捉え、”トランジット・スペース”を現実化するのが自分のライフワークではないかと考えたりしている。

桜が散って、すでに木々は新緑の季節を迎えているが、このひらめきは色あせることがない。

ちなみにトランジット・スペースは、”サイバー・スペース”と”バイオ・スペース”で形成され、PC&モバイルサイトで広く一般に開放されているというものである。

今、ある地域の人材バンクのホームページを受託制作しているが、まったくトランジット・スペースとは関係がないと思っていたが、実は大いに関係があるのではないかと思いながらこの記事を書いている。

posted by 映画プロデューサー at 00:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月01日

シリコンバレーで生活する人たちは脱北者なのか?

ちょっと驚いた記事がある。

CNETJAPANのクロサカタツヤの情報通信インサイト 日本は今という記事だ。

昨日読んでいたのだが、面倒そうなのでスルーしていた。

だが、今日になっても下記のくだりが頭から離れず、この記事を書いている。

日本は今

家族の転勤に帯同したなどの事情ならいざしらず、自らの意志で日本を離れた在外邦人は、日本にいるのが辛くなって海外に出て行った、いわば脱北者のようなものだと私は考えているからだ。


書き出しは下記のように始まる。
日本はもう立ち直れないらしいという話がtumblrで流れてきたので、「そうですね」と棒読みしてみるエントリでも書いてみる。タイトルはコーエン兄弟の若かりし頃の作品から


”日本はもう立ち直れない”らしいというフレーズは、数日前に触れた渡辺千賀さんのブログに書いてあったことだと思う。

海外で勉強して働こう

僕は渡辺千賀さんのブログ記事にも驚いたが、クロサカさんの記事にはもっと驚いた。

渡辺千賀さんを脱北者扱いする物言いににもだが、下記のコメントにも驚かされた。

むしろ、「日本はダメになる」という大した裏付けもないアジテーションに煽られるオトナがいるとしたら、その人はそもそも社会的、経済的なポジションを有していないということになる。20代であればいざ知らず(いやむしろ20代はどんどん揺さぶられてください)、三十路を過ぎてそんな揺れるオトナたちばかりになっているのだとしたら、そりゃ確かに日本は残念な国になってしまうことうけあいである。


ポジションを有していない61歳としては、穴があったら入りたいくらいであるから。

渡辺千賀さんのコメントにはやむにやまれない”せつなさ”のようなものを感じたが、正直言って、クロサカさんには”意外とヒステリックなのね”という印象しか持てなかった。

失礼。

ビジネスでは物事を単純化したほうがいいが、人間の営みを単純化するのはどうかと思う。

どうしてもスルーできませんでした。

posted by 映画プロデューサー at 22:04| Comment(0) | TrackBack(0) | ネット上から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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