2009年04月28日

”量が質を生む”にあえて反旗を翻そう

量産したくても出来なかった映画プロデューサーの繰言として聞いてもらっていい。

一昔前、WOWOWを背景に若いSプロデューサーが”量が質を生む”といい放ちながら精力的に廉価な映画をつくり続けていたことがあり、その後CXのKプロデューサーもそれ以上の掛け声でテレビ局主導の映画を今もつくり続けている。

”量が質を生む”というのはわかりきった理屈なのだが、素直にうなずくことが出来なかった。

で、かれこれ20年ほどたとうとしているが、両プロデューサーが言っていたように質は生まれたのだろうか?

最近では、鎌倉にあるWEB関係では有名なK社Y社長が”量が質を生む”といっているのが目立っている。

ヤフーで”量が質を生む”を検索すると、K社のページが最上位に出てくる。

1本もごみに出来ない映画と、思い付きをちょこちょこっとつくってしまえるWEBコンテンツとは比べ物にならないが、両方に共通するイヤものを感じる。

リスペクトがない。

量として測られる作品やそれに関わる人は、実験材料に使われるマウスのような扱いを受けていると思わざるを得ない。

結果的に量があるのであって、最初から死屍累々の屍を想定したような内輪話を、研究室の助手が言うような程度の言葉で語られるのがイヤなのである。

”量が質を生む”という言葉はその程度の言葉であるから、反旗を翻すほどのことはないのだろうが、あえて反旗を翻してもいいかなと思ってこの記事を書いているのは、この言葉に誰も反論せず、異を唱えていないからである。

”質が質を生む”と思っているし。

立場が違うのはわかっているが、あえて反旗を翻す必要があるのではないかと、勇気を振り絞ってこの記事を書いている次第。

少なくとも、映画に限って言えば”量は質を生まない”と信じている。

世界的に見てみると、もう十分、映画は量産されてきた。

その意味では、確かに質を生んだ。

ドッグイアーのWEBの世界も、そろそろ数打ちゃあたるから質を極める時代に差し掛かっているのではないか。

我がこととして思った次第。

”質が量を生む”ようにしなくては。

朝から晩まで薄給で働く論理には組したくないから。

posted by 映画プロデューサー at 22:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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