2009年04月10日

魂をデジタル化するビジネス

前の記事の続きのような。


今日、二人の女性と長電話をした。

その内容を簡単に言うと、「各人の魂(たましい)をデジタル化して末代まで残すビジネスを考えているけどどう思いますか?」というような話である。

一人の女性はすぐさま拒否反応があった。

「魂までデジタル化する必要なんてないのじゃないですか」

もう一人は、

「これからはそうなるのでしょうね、私にはわからない」

実は話はもう1つあって、「DNAを含む生体の一部を最新の技術で千年以上完全に保存出来るようにして、デジタル化した魂とリンクさせたビジネスなんだけど」と言ったら、先の女性は「死んだら死んだでいいじゃないですか、静に消え入るように」と、後の女性は「私はいいわ」と答えが返ってきた。

この二人の女性と話をしてはっきりわかったことは、僕の話にあまりいい印象は持たなかったが、いや「なんと馬鹿な」と呆れられたかもしれないが、どちらも”魂”の存在を認めていることだった。

ところで魂とはなんだろう?と思って、ヤフー辞書を引いてみた。

こん【魂】

1 こころ。精神。

・ 「詩は我―を動せども」〈鴎外訳・即興詩人〉

2 人の肉体に宿る精気。たましい。霊魂。特に陽のたましいをいう。「―は善所におもむけども、魄は、修羅道に残ってしばし苦しみを受くるなり」〈謡・朝長〉→魄(はく)


英語では?と思って和英辞書を引いてみたら、こんな感じだった。

こんたん【魂胆】
[例文]
・ 何か魂胆があって援助を申し出たらしい
He seems to have offered his aid 「for some hidden reason [from some ulterior motive].

・ 彼は借金を頼もうという魂胆で酒を1本ぶらさげてやって来た
He brought along a bottle of sake as part of a scheme to borrow money from me.


”魂”で和英辞書を引いたら”魂胆”として表記される。

「魂とはなんぞや?」という定義づけから、はじめてデジタル化が可能になるということか。

面白いといえば面白い。

posted by 映画プロデューサー at 21:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ネット上にこそ”神”が必要だと思ったことがある

10年ほど前、50歳になって初めてパソコンを手に入れ(買った)、1ヶ月ほど試行錯誤を繰り返しながら自分のホームページを立ち上げ、朝起きてから寝るまで(一日16時間ほど)パソコン&ネット三昧の生活を10ヶ月間ばかり続けたことがある。

その頃、すでにネット上は弱肉強食の無法地帯だったが、あちこちで溢れんばかりの善意のフロンティアスピリットが感じられた。

そして、パソコンをやりすぎて目が悪くなりマウスを握るほうの上半身が腱鞘炎状態になる頃には、ネット上の善意が悪意に変わり、ネット上からフロンティアスピリットがなくなって行きつつあった。

早い者勝ち、無知で騙された者がバカという世界が、当たり前として構築されていった。

その頃、ネット上にこそ”神”が必要だと思ったことがある。

だが、世界はその後の金融バブル崩壊まで、神も仏もないと突っ走っていく。

ある時期、WEB2.0が流行った頃だと思うがグーグルを神といったりする風潮があった。

今では、クラウドコンピューティングの概念が神の領域を窺おうとしているような気配だ。

途中、電通やデジタルハイウッドなどが画策したセカンドライフ現象もあったりしたが、当然のように神の領域に至ることはなかった。

ひろゆき氏が言う”ポジショントーク”だ。

今、クラウドコンピューティングで飯を食おうとする輩が、言葉巧みに”新たなる神”を作ろうとしている。

悪いことだといっているわけではない。

クラウドコンピューティングの概念が一般化することによって、これまでビジネス化できなかった事業が実行可能になることもあるからだ。

でも、ぼくが10年前に感じたネット上にこそ必要だと思った”神”は、グーグルやクラウドコンピューティングではなく、あるいはもっと進化したOSやプラットフォームでもない。

いうなれば、やおろずの神々を含む地球上の神々であり、それらを超えた宇宙の絶対神のような存在が必要だと思ったのである。

グーグルを手とし、クラウドコンピューティングを足として、あるいはもっと新しい戦士が出現したとしても、少なくとも僕が言う”神”はそれらを使いこなす立場にある存在だと思う。

データ量やエリア、シェアの拡大を競う価値観とはまったく違う次元に在る、と思う。

でも、デジタル技術の進歩なくしてこの”神”の存在はない。

少なくとも、普通の人々においては。

今、この”神”のことをネタにしたビジネスモデルを考えている。

カミさんと後輩のI君から、唖然とされたのか呆れられたのかはわからないが、この記事はそう意味で限りなくポジショントーク的である。

一杯飲みながら書いたからというわけではなく、これまでに人が言っていないことを書こうとしているから、自分が何かわからないことにチャレンジしようとしているから、思っていることの百分の一も書けてないが、疲れたので今夜のところはこのままアップしよう。

さて、明日はどうなっていることやら。







posted by 映画プロデューサー at 00:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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