2009年03月18日

狛江駅近くの藪に生えたタラの木が発芽

ここ数日暖かい陽気がつづき、桜前線が猛スピードで北上中だとメディアが伝えている。

そんなぽかぽか陽気のなか、考え事をしながら自宅付近を散歩をしていたら、桜の開花より先にタラの芽が出ているのを見つけた。

狛江駅近くの薮に四五本のタラの木があり、その中の一本が発芽していた。

狛江のタラの芽jpg


普通、桜の開花より少し遅くタラの芽は発芽するものと思っていたが・・・。

実は僕はタラの芽採りのエキスパートで、うちの娘をして「もう、一生分のタラの芽を食べたら、もう食べたくない」と言わしめたほどで、田舎暮らし時代、季節になると山に入ってタラの芽を採った経験がある。

自慢ついでに言うと、クルマで田舎道を走っているときにも、あのニワトリのトサカのような独特の形状の食材を瞬間的に視界でとらえることができたし、山や藪の気配でその存在を察知することができた・・・本当の話。

というより、すでに桜が開花したという福岡あたりでも、以前はタラの芽が発芽するのは4月になってからであり、10年ほど前から3月の終盤になっていたが、東京のタラの芽が早生というなら3月に発芽することもあると思うが・・・気候温暖化の影響だと思わざるを得ない。

タラの芽、ウド、ワラビ、セリ、山みょうがなどが僕の主な山菜メニューで、キノコ採りもやるし魚釣りもやるから、いつも季節や自然には人一倍気を配っていたが(美味な食材を得るために)、僕の限られた経験からだけでも、温暖化は猛スピードで進んでいると思われる。


posted by 映画プロデューサー at 13:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 未分類 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

危なくても耽溺する勇気が必要

昔、宇宙は膨張し続けていると誰かに言われたか、何かの本で読んだのかは忘れたが、当時としてはえらい驚きで、自分の人生観に大きな影響があったと思う。

なにしろ当時の宇宙は、絵に描かれた想像図か望遠鏡の写真しかなくて、僕にとって宇宙は、永遠に変化しないものの象徴だったから。

僕は今でも、きっと宇宙は膨張し続けていると思っているが、インターネットを始めた頃、日々膨張するWeb世界に耽溺しながら、ある痛切な感じをいつも持っていた記憶がある。

痛切な感じとは、宇宙を飛行する孤独な人類というイメージにも、卵子に向かって先を争う一個の精子の心境にも例えることができる。

また、未踏の地を行く探検家か冒険家の生活を含めた総体であり、その悲哀であると言えるかもしれない。

とはいっても、宇宙の膨張に比べたらネットの膨張などとるに足りない一過性のちんけな出来事でしかないと思うが、歴史を遡ってみたとき、奈良の大仏殿(ピラミッド)をつくる人々の凄まじいエネルギーに通じるものがあると思う。

それは一種の狂気で、もしかしたらそれが宇宙の膨張に対する人類の唯一の抗いだとしたら、それは痛切極まりないことである。

で、ふと思った。

この痛切感を分からない人には、映画であろうとテレビであろうと、今のドラマはつくれないだろうなと。

極めて危ないが、耽溺して生き残った者だけが、新たなステージに立てるというのが此れからの未来かもしれない。

寝床の中で、そう思った。
posted by 映画プロデューサー at 01:28| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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