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2007年05月26日

小説『メタボラ』(桐野夏生)

今朝、テレビが桐野夏生作『メタボラ』を取りあげていた。

小説『メタボラ』の存在は知っていたが、その内容のことは知らなかった。

テレビは、桐野氏の仕事部屋まで入り込み、沖縄のドリートミーを舞台にした『メタボラ』のことを紹介していた。

沖縄のドリートミーのことは、Y監督から聞いていた。

そこを舞台にした映像作品を作りたいとの意向も聞いていた。

すぐにY監督に連絡した。

「ずっと、桐野夏生のことはチェックしていて、すでに『メタボラ』も買っているが、まだ読んでいない」と、Y監督は喜んだ。
posted by 映画プロデューサー at 18:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記

2007年05月15日

地獄に向かう”悲しいニッポン”

いつのころからか、”悲しいニッポン”というイメージを持つようになっていたが、最近、『オニババ化する女たち』(三砂 ちづる著)とか『負け犬の遠吠え』(酒井順子著)とか読んで、改めてそのイメージが間違っていなかったなあと思った。

そして、今月号の月刊現代『まだ見ぬ地獄を前にして』(桐野夏生)という一文を図書館で読み、現代ニッポンがより先鋭化しつつあるのだなあと思わざるをえなかった。

読みながら、思わずノートにひかえたメモを紹介する。


☆ネットによって、世界中から「秘密」がなくなろうとしている。
☆皆、「希望」がないことを知っている。
☆学歴のない者、まだ遊びたい者、体力がない者、アーティスティックな仕事に就きたいと思っている者、まだ自分が何をしたいのかわからない者━これらの若者はすべて、正規雇用からはずれる。そして、賃金の低い非正規雇用の仕事に就労せざるをえない。
☆女性の場合、もっと悲惨。
☆「OUT」の時代より、もっとひどくなっている。
☆一生貧困から抜け出せない。
☆貧者と富者の2極化が拡大し、若い人や女性は、一度道をふみはずすと二度と戻れない。
☆ニューワーキングプア━貧困から抜け出せず、結婚できず、非婚化が進む。
☆敗者復活戦はない。


なんということだろう。
posted by 映画プロデューサー at 18:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 聞かれちゃいけない独り言

2007年05月11日

冒険的な企画の出現がない

ライブドアが堀江社長時代のことだが、動画担当の社員が外部スタッフに「動いてればいいんだ」と常々いい放っていたと聞いたことがある。

かくいう自分も、かつてISDN時代には同じような考えだったので、大きな声で批判する立場にはない。

いえることは、ブロードバンド化が進んだ今、ネットでも動いてればいいではすまなくなり、テレビ並のクォリティが求められるようになっている。

ここで人材が必要になるが、最低の予算と頭数さえ揃えば何とかなるで、テレビを真似たような緩いコンテンツがつくられている。

刺激がない。
posted by 映画プロデューサー at 19:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記

2007年05月10日

手の打ちようがない事態

最近、テレビの威力が凄まじいなと感心することがあった。

同時に、ネットの脆弱性というか、ネット企業の弱点が分かった。
決してテレビ局のコンテンツ制作能力が高いのではないのだが、ネット企業には、その能力がまったくないといえる。

また、この弱点を克服するのは至難だと思われる。

何故なら、ネット企業はコンテンツ不足が分かっていながら、自らコンテンツを制作しようとしないし、あるいは、安い賃金で雇える、能力がない人材を集めて、頭数でコンテンツを制作しようとしているからだ。

手の打ちようがない
posted by 映画プロデューサー at 17:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記

2007年05月07日

多彩な企画に一人でほくそえむ

正月、ゴールデンウィーク、お盆などの大型連休が、安定収入のないフリーランスには大きな障害となることはこれまでに書いたが、その前と後での心境の変化などは書いたことがない。

年末年始は年の変わり目であるから、それなりに一年の計なども考えるが、他の多くの人たちと同じように(失礼)たいていは計画倒れになり、「あ、またかあ」と思うだけである。

お盆はお盆で、これから後半がんばろうなんて何度か計画じみたことを思いついたこともあるが、残りの月日が4ヶ月(9・10・11・12)あまりしかないことに気付いて、計画する前にほとんどが立ち消えになってしまったと記憶している。

その点、ゴールデンウィークに立てた計画は実行に移されることが多い。

正月明けからゴールデンウィーク前までは、相手があることもあって動くに動けぬ状況が続き、休み中はどこへも出かけられない我が家の事情もあって、部屋に閉じこもってじっくり考えることができた。

といっても、具体的に計画表を作ったわけではない。

ジタバタしてみようと決めたのである。

本を読んだり、じっくり考えたり、じっと待ってみたりするのではなく、いちいち斟酌することなく活動する有能な営業マンのように、ジタバタと飛び回ってみようと思っている。

大から小まで、いくつかの企画をそろえることができた。

堅いもの、笑えるもの、色っぽいもの、外国向けのもの、これから作り始めるものから出来上がったものまで、多彩な陣容に一人でほくそえんでいる。


今後、書ける範囲で、具体的な企画内容や進捗状況を紹介する予定。
posted by 映画プロデューサー at 22:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記

2007年05月03日

『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー 米川正夫訳)を読んだ

久しぶりの記事である。

忙しくはないのだが、仕事のギアがうまくかまずに、4月は停滞したような毎日を送っていた。

ところが、突然、局面が動き始めた。

と、自分だけが思っているのかも知れない。

”セレンディピティ(求めずして思わぬ発見をする能力。思いがけないものの発見。運よく発見したもの)”だと判断し、本題に入ろう。


ゴールデンウィーク前半に、丸4日間をかけて、実に40年ぶりに、『カラマーゾフの兄弟』(ドストエフスキー 米川正夫訳)を読んだ。

以前は、小沼文彦訳で読んだ。

4月の終わりに、突然、『カラマーゾフの兄弟』を読まなくちゃとひらめいたのだった。

なぜ、突然ひらめいたのかはよくわからないが、きっと、もっと人生を深く楽しめとでもいわれたのではないかと思っている。

あるいは、もっと深く考えろということかも知れないが。

いずれにしても、またもや「ドストエフスキーは凄い!」と思いながら、最後まで読みおおせた。

読み終わると、また別なことがひらめいた。

「お前の失われた10年を書け」と、何の脈絡もなく、まるでお告げのように、誰かにいわれたような気がした。

まさに、”お告げ”としか言いようがない。

で、巻末に掲載されている創作ノートまで読んだ。

「このように準備しろ」と教えられているのではないかと思った。

で、昨日から創作ノートを書き始め、さっき、プロットを書かなければなんて思ったところである。

すると、久しぶりにこの日記を書こうという気分になった。

明治維新があり、第1次・2次の戦争があり、グローバル時代の変革期を迎えて、改めて自分を、日本を、世界を考えないといけないのではないかといわれているような気がするのだ。

とりあえず、創作ノートというカテゴリを作ろうと思う。

これもひらめきだから、今後どうなっていくかはわからない。

話が前後するが、どういういきさつで「『カラマーゾフの兄弟』を読まなくちゃ」とひらめいたのかはよく覚えていない。

ただ、自分も含めて、人間の振幅が小さくなっているような気がしていて、何とかしたいなあと強く思っていた。

数年前、ドストエフスキーの『賭博者』を原作として、現代の六本木ヒルズを舞台に、デイトレーダーを主人公にした映画を作ると面白いと考えたことがある(今も)が、そのとき以上に創作意欲がわいている。

とりあえず更新。
posted by 映画プロデューサー at 21:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 年がいのない日記